ロマネ・コンティ

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 『ロマネ・コンティ』は翌日の昼の営業時間に宴会場へと運ばれていった。  ものすごい価格だからか、堅そうで重みのある木箱をどこからか持ってきて、緩衝材のような物を入れそこに寝かし、蓋をして、プチプチマットで何重にも巻いてから持ち運びをしたようだ。いつもは、多少雑なところも見える天音だったが、今回ばかりは本当に慎重であった。  すぐに戻ってくると言って、天音は出ていったが店が閉まる直前まで戻って来なかった。 戻ってきた天音に声をかけると、「後でな」と疲れが滲んだ声で言われてしまい、それ以上聞くことが出来なかった。その日の夜も疲れが酷いのか、夕飯だけ用意して先に寝てしまった。 流石の天音も、超高額商品に気疲れしたのだろうと思い、そっとしておくことにした。 翌朝——— 「おはようございます」 「ああ、おはよ」  昨日の疲れが嘘のようにけろっとしている天音の姿に心底安心した。元気そうだからと、昨日聞けなかったことを尋ねていく。 「すぐ帰ってくるって言っていましたけど、何かあったんですか?」  朝一の清々しい顔が、嫌いな食べ物を前に出された子供のような顔に歪んでいく。 「もめた」 「はっ?」  彼女から飛んできた言葉が予想外すぎて、思わず声を上げてしまう。 「だから、もめた」 「もめた…のは分かりましたけど…、その理由は? 天音さんが何か失礼なことしたんじゃないんですか?」  天音はだいぶ短気だ。だから、何か気に食わないことがあり、食って掛かったのではないかと思ったのだが…ゴチーンと頭を殴られる。 「そんな訳ないだろ! 私もそれくらいの分別はある」  嘘だぁ~ 結構あなたキレていますよね? とじとーっと眺めていると、呆れた顔を浮かべ顛末を話始めた。 「あの宴会場が、最初はいくらでもいいから『ロマネ・コンティ』を仕入れて欲しいって言ってきたんだ。ちょうど良くうちにあったから、それを相場の少し安いくらいで売ろうとしたんだが……持っていったらいきなりごねだした」 「うん?」 「もっと安くしてくれないと困るよ。だってさ。もうすでに相場よりも相当安かったのにさ……」 「どうなったんです?」 「こっちが出来るだけ譲歩した。仕入れ時の費用と、これまでにかかった管理費はどうやっても引けないから、うちの利益を最低にまで下げた。これ以上は無理ってところまで下げたけど、またごねやがったんだ。それで、これ以上はどうにもならないって一時間くらい主張し続けたら、やっと向こうも納得してくれたんだ」 「大変でしたね…」 「ああ、本当に。それに、イラっとするのは帰り際に『これからはもっと、安くしてくださいね』なんて言いやがったんだ。思わず、顔面殴りそうだったよ」 「殴ってないですよね?」 「だ・か・ら、私はそこまで子供じゃない! うちにとって上客になってくれそうなんだ。それくらいの小言は我慢するさ」 「はぁ…………」 「あっ、そうだ。話は変わるが今日、角瓶をたくさん買いたいって客が—————」  あの宴会場の話は、天音の業務連絡によって打ち切りとなった。 もっと色々問いただしたい気持ちではあるが、仕事が出来てしまったからそんな事をしている暇はない。まぁ、いつでも聞けるだろうし、暇な時にでもまた聞こう。   この時、僕の中には一抹の不安のような物が漂っていた。  最初に電話してきたときに、元の取引先ともめたから「酒の大沢」に頼みたいと言ってきた。最初は、いくらでもいいと言っていたのに、安くしろとごねだした。  企業努力と言えば、そこまでだが…人との関係性をないがしろにしているあの宴会場の対応にどこか不安を感じる。でも、不安だからと言ってこっちから断れないのが現実だ。  相手側に会ったこともない僕に、出来るのはただ『何もないように』と願うことだけだ。 どうか、「酒の大沢」に何も起きませんように。  
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