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「お待たせしました」
お淑やかバージョンの天音が、百合に声をかける。
「いいのよ。お二人は仲がいいのね」
やっぱり、丸聞こえだったようだ。
「さて、何のことですかね?」
笑顔を浮かべて、押し通そうとしている。
天音のニカっとした笑顔を知っている人からすると、今の笑みが作りものなのが良くわかる。
百合にも、触れないほうがいいと伝わったのか、少しだけ微笑んで話を変える。
「大沢さんはいらしゃらないの?」
「父は、先月亡くなりました。ですので、娘の私が店を継ぎました」
「そうなのね・・・ 若いのに大変ね」
「この店が好きなので、気になりませんよ」
「じゃあ、新しい店主さんにお願いしようかしら」
暗くなりかけていた店の空気が、百合の明るい声音で引き戻されていく。
「何なりと」
「お供えでビールを持っていきたいの。結びきりの熨斗と包装いいかしら」
「畏まりました」
「仏様へのお供えでいいですよね?」
「そうよ」
「ビールは何をお持ちしましょうか?」
「クリアアサヒで」
「かしこまりました」
すると、天音は先ほどと同じように手招きしてきた。
すぐに近づくと、
「奥のビールコーナーの二段目にアサヒのビールが積んであるから、そこからクリアアサヒ持ってきてくれ。私は、薄黒ペンもって来るからよろしくな」
そう言って、母屋の方へ走っていった。
うかうかしてると、天音にどやされかねないので、自分も急いでビールコーナーに向かう。
ビールコーナーは入り口から見て左奥、レジ奥の壁沿いにある。
「さっき、見といてよかったな」
店番を初めてすぐに、ぐるっと店の中を回っておいたのが功を奏して、迷わずにビールのところまでつくことが出来た。
まぁ、店自体がそんなに広くないから、迷ったとしてもそんなに変わらないかもしれないが・・・・
「確か、二段目だったよな」
ビールコーナーは、鉄骨に台が取り付けられ、4段に分けられている。
下から、キリン、アサヒ、サントリー、サッポロの順にコーナー分けされている。
今回の目的は、アサヒのはずなので二段目に目をやる。
「この中にあるの?」
何種類も置かれた箱の山を見て、最初の浮かんだ感想だ。
赤や青、緑に黄色、黒っぽいものまである。
ぱっと見どれが目的の物なのか見分けがつかない。
「クリアアサヒと・・・」
箱の側面を見て、そこに書かれた名前を探っていく。
スーパードライに、アサヒオフ、ドラフト・・・・・
「あった!」
いくつかの箱の下に、黄緑色のクリアアサヒと書かれた箱があったのだ。
他に、糖質ゼロと書かれているのが少し気にはなったが、待たせるのも悪いと思い、
上に積まれた箱を急いでどかして、見つけた箱をもって、レジの方に走る。
「持ってきました!」
母屋から既に戻っていた天音に得意げに見せると、明らかに残念そうな顔をする。
「惜しいな。それは、クリアアサヒの糖質ゼロだ。頼んだのは黄色の普通のやつだ。
はい、やり直し!」
「はい? でも、ここにクリアアサヒって書いてあるし・・・・」
「違う。それは、贅沢ゼロだ。ビールには同じような名前のやつが多いから覚えとけよ。」
未成年にビールの種類を見分けろというほうがおかしいだろと思いつつ
「はぁ」
返事だが、ため息だが分からないような声を出して渋々、ビールコーナーに戻る。
それから、もう一度よく見てみると、確かに黄色が入ったパッケージでクリアアサヒと書かれたものがあった。急いで取り、レジの方へ戻ると、レジの奥にある包装台の上に箱を置く。
「今度は正解だな。」
「暇なとき、ビールの名前教えてくださいね」
「分かったよ」
と短く返事をすると、天音は表情を引き締め、一枚の灰色っぽい大きな紙を取り出して、箱の下にくぐらせる。
それから、ぱぱぱっと紙と箱を動かし、何度か転がして、綺麗に箱を包み込んだのだ。
あまりの手際の良さに、思わず
「すごい」とこぼすと
「これが、回転とか転がしっていう包装だ。また今度教えるからな」
こんなに手際よく、自分に出来るのだろうかと考えていると、包装された箱をずらして、白色と黒色の紐が肩結びされたような絵がプリントされたA4くらいの紙を取り出す。
次に、筆ペンを取り出すと、先ほどの紙の中央に「供養」と筆を躍らせるようにして書く。
此方もあっという間に書きあがる。先ほど同様、なかなかの手際だ。
字の出来の方も、教科書に載っていてもおかしくないような、洗礼されたものである。
最後に書き上げた紙を、包装した箱に張り付ける。そして、百合の前に置く。
「お待たせしました」
「ありがとうね。大輔君も」
先ほどお喋りを付き合ったからか、ごたごたを見ていたからか分からないが、自分にも感謝を述べてくれた。誰かに感謝されるようなことが、ほとんどなく照れ臭くなっていると
「いえいえ。そういえば、お客さんここまでどうやって来られました?」
「歩いてよ」
「お帰りも」
「そのつもりよ」
「なら、荷物持ちに大輔をお貸ししますね。箱を抱えていくのも大変でしょうし」
「あら、なら頼もうかしら」
自分が口を挟む間もなく、百合の同行が決まった。
まぁ、自分にはもともと拒否権はないのだろうけど・・・・・・
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