9 初恋の彼

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9 初恋の彼

こうして付き合うことになった二人。しかし進学校のお嬢様の明日香と工業校のスポーツ男子の昴。すれ違いの交際が続いた。 そんな中。昴の所属するカバディの大会が行われることになった。三年生の昴は最後の大会。さらに競技人口が少ないため、いきなり全国大会である。 会場は関東の地元。明日香は友人の里奈を誘って彼の応援にやってきた。 「うわ?全然応援がいない」 「だってカバディでしょ?マイナーじゃん」 そんな里奈。なんと他のチームに知り合いの男子を発見した。 「明日香。私の事は気にせず昴先輩の応援していいからね」 「うん」 明日香はまず試合前の昴に挨拶しようと、選手がいる廊下に顔を出した。 「お、おはようございます」 「おう、来たか」 昴の隣、同級生の彗は明日香に笑みを見せた。 「明日香ちゃんだね。僕は主将で、(けい)って言います……あ。おい、みんな荷物はここじゃない?向こうだぞ」 「あの。彗先輩。そのシューズ、昴さんじゃないですか?それに、ポケットの財布が落ちそうです」 バタバタの男子チーム。聞けばマネージャーはいないという話。さらにメンバーはギリギリで、全員が試合に出ると明日香は聞いた。 「大変ですね。あ?向こうで、大会の人が呼んでますよ」 「くそ。申し訳ない。明日香ちゃん。ここで荷物を見てくれないかな」 「はい」 昴は試合前で真剣に準備の様子。戦うオーラで明日香など眼中にない。他のメンバーもテーピングをしたり作戦を話し合うなど、緊迫した様子だった。 ……これは。浮かれた気分で応援できないわ。 ふと友人の里奈を見ると、知り合い男子と親しげな様子。彼女は放っておいて良いと明日香は判断した。ここに彗が戻ってきた。 「ごめんね!明日香ちゃん」 「彗先輩。私でよければボランティアしますので、何でも言ってください」 「え。でも」 そろそろ開会式。時間のない彗。明日香は進学校の生徒。彗は優秀な彼女に託すことにした。 「わかった。あのね。荷物はブルーシートのG席で。飲み物にはみんなの名前を書いて欲しいんだ。これが名簿。他にも弁当が届くんで、頼んでいいかな」 「はい!」 こうして明日香はこの日、マネージャーとして動き出した。里奈には頑張れと言われた明日香。試合前にペットボトルに記名したり、ベンチに運ぶなど必死に動いていた。 肝心の昴。対戦相手にライバルがいるらしく、明日香の事など全く眼中にない。しかし、明日香は彼のために何かをしたかった。 そして始まった試合。これは里奈と客席で応援した明日香。ルールは昴に聞いていたので把握済み。昴の活躍でチームは勝った。 「あ!お弁当を受け取らないと」 「私も行くか。玄関でしょう」 そして弁当を受け取った明日香と里奈。これを昴たちに配った。 「どうぞ」 「ん?あんたは」 「私は明日香の同級生です」 「……同級生って、へえ」 里奈をじっと見ている昴。明日香は嫌な予感がした。 試合終了後。明日香と里奈はメンバーに感謝された。 「昴さん!お疲れ様」 「おう。それに、そっちの彼女もありがとうな」 「はい」 里奈は社交辞令で話をしていたが、昴と一緒に肩を並べている姿。明日香はじっと見ていた。 ……昴さん。楽しそう。 自分には見せない笑顔。高身長の二人は自分の頭上を会話していた。空中展開している内容。明日香の耳には入らなかった。その時、彗が話しかけてきた。 「明日香ちゃん。今日はありがとう」 「いいえ」 「助かったよ。それに試合も応援のおかげで昴の調子も良かったし」 「……はい」 ……嬉しいけど。今の言葉。昴さんから聞きたかったな。 勝利の帰り道。明日香の心は寂しい風が吹いていた。 ◇◇◇ 翌朝の電車。昴はご機嫌だった。 「してよ。里奈ちゃんて面白いよな。っていうか。本当にお前の同級生かよ」 「……どうしてですか」 「え?だって大人っぽいし」 「そう、ですね」 この日以来、昴は里奈に興味があるように明日香は感じていた。里奈に話すと、そんなことない、と言ってくれたが、明日香にはわかっていた。 ……昴さんは、私みたいのよりも、大人っぽい、背の大きい人が好きなんだよな。 好みの女性タレント。それに町を歩いている時に振り返るのは大人女子。全て共通項があった。彼が好きだからこそわかる明日香。彼の心に自分がいないことをだんだん感じていた。 そんな昴。試合は準優勝した。そして引退の彼は推薦で他県の体育大学に決まった。みんなが受験勉強中は、ひっそり大人しくしていた昴。一月を過ぎた頃、明日香をカラオケに誘ってきた。 「部活のメンバーなんで。明日香も女友達を誘えねえか」 「いいよ。みんなカバディに興味があるって言ってるから」 「マジで?里奈ちゃんも来るかな」 ……嬉しそう。本当に里奈が好きなんだな。 純粋な昴。決して目の前の明日香を馬鹿にしているわけではない。本当に里奈が気になるのだと明日香は受け止めていた。 「誘ってみるよ。任せて」 「おう!」 そして。開催されたカラオケの日。明日香の学校のお嬢様たちは、カバディという謎のスポーツ男子を興味津々で意気投合していた。 昴の隣は里奈に座ってもらった明日香。里奈は遠慮したが、明日香は飲み物や会計係に専念した。 「ねえ。明日香ちゃん。いいのかい?昴が」 「彗先輩……いいんです。これで」 ドリンクバーの廊下。昴の態度に腹を立てていた彗。明日香は笑みを見せた。 「それに、昴さんは、春から他県だし。私はその、押しかけ彼女で。きっと好きじゃないのに、付き合ってくれただけなんですよ」 「明日香ちゃん」 「さ。戻りましょう?もう、終わりになるから」 カラオケボックスの楽しい歌の世界。下手な歌を歌う昴。明日香は優しい気持ちで見つめていた。 こうして終わったカラオケ。翌日、明日香は昴を呼び出した。 「昴さん。今までお世話になりました」 「おう!お前もよく通ったな」 思い出の駅のホーム。雪が降っていた。 「俺がいなくなってもよ。教えた通り、痴漢の足をこうやって踏めば」 「うん、きっと大丈夫」 そして明日香はポケットから取り出した。 「これ。お守りです」 「お?神社のか。サンキュ」 着物の生地で作った明日香のお手製。しかし、昴にはそれを言わなかった。 「昴さん。これでお別れですけど。向こうでも頑張ってください」 「ああ。お前もな」 明日香の出した手。昴は握手をしてくれた。でもそれ以上はなかった。 ……やっぱり。私、彼女じゃなかったんだな。 本当は抱きしめたり、キスして欲しかった。でも、それはなかった。 雪が降ってきた白い世界。明日香はそっと空を見上げた。ここに電車が来た。 「昴さん、気をつけてね」 「お前?乗らないのか」 マフラーの昴は驚きで明日香を見た。明日香はまっすぐ前を見ていた。 「うん……ここで別れたい。初めて会ったのは、ここだから」 「明日香」 「昴さん。ありがとう。さような、ら」 閉まったドア。明日香の涙顔。昴はじっと見ていた。手を振る明日香。電車は無情に去っていった。 楽しかった電車通学の一年間。明日香の初恋は雪の中に消えていった。 つづく 次回最終話です。
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