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川上 幸樹 ⑤
「副社長、お時間です」
ドアの向こうから、男性の声がした。
「チッ。梶野か…」
いつも冷静で温和な幸樹が舌打ちをする。
「会議の時間、延ばせないのか?」
智樹を膝の上に乗せたまま、幸樹はドアの外にいる幸樹の秘書、梶野に告げたが、
「もう会長も社長もお見えです」
梶野にきっぱりと『これ以上、時間を伸ばすのは無理だ』と言う意味合いの言葉を投げかけられた。
梶野さん、いいタイミング。
幸樹にとって、梶野の登場は最悪のタイミングだったが、智樹にとってはこの上なくいいタイミングだ。
「幸樹兄さん、会議に行ってきて」
智樹はまだ幸樹の膝の上に座り、胸がはだけた状態で言う。
「…」
無言で渋る幸樹に智樹が幸樹の胸に顔をうずめる。
「僕、幸樹兄さんの仕事の邪魔したくないんだ…」
「邪魔だなんて…」
幸樹が智樹の背中に手をまわした。
「幸樹兄さんの邪魔ばっかりしてしまうなら、もう僕、仕事場には来れなくなってしまう…」
悲しそうに顔を上げた智樹が幸樹を見つめる。
義姉である早苗さんに見つからない会社で日中、俺と会う事が幸樹兄さんにとって幸せな時間だから、俺が会社に来ないと言えば、幸樹兄さんは絶対に折れるはず。
「智樹がそういうなら…」
幸樹が寂しそうに智樹の頭を撫でた。
「僕も寂しいけど、もう帰るね」
智樹はシャツのボタンを締め直し、幸樹に背を向けたが、もう一度幸樹の方を振り返る。
そうだ。
確認しないといけないことがある。
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