五話 チャンス

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五話 チャンス

翌朝、僕はハウゼンに起こされた。 「レティス様起きてください。今日は社交ダンスの練習をいたしますよ。」 「ヤダ」 「駄目です。しっかりやりませんと…」 「なぜ?やらないと、家の名に傷がつくから?」 「違います。」 「じゃあ何で?勝手に舞踏会に行くように決めたのは父様達だ、どうせならこの家の名を傷だらけにしてやる…」 僕が、枕に顔を埋めたままそう言うと、ハウゼンがこう言った。 「名に傷をつけるなど、あの方々からすればわかりきった事。でしたら、逆に全て完璧にこなし、王家の方々から高い評価を頂いて、彼らの鼻を明かしてやれば良いでは、ありませんか?」 「僕じゃ無理だよ…」 僕が、ハウゼンの言葉にそう答えると彼は、軽く笑いながら言った。 「できますよ、だって貴方は外国語、得意ではないですか。」 「…得意ってほどじゃない…」 「得意と言って良いと思いますよ。少なくとも、私を含め現在この家にいる人間で、貴方の外語力に敵う者などいませんから。」 僕はその言葉を聞いて、信じられ無い。という瞳を向けると、ハウゼンは、ため息混じりに聞いてきた。 「では、レティス様は何ヶ国語を完璧にマスターしておりますか?」 「…完璧なのは…六…くらいだと思う。」 「私は三です。話せるだけを入れると八ですが…レティス様は話せるだけを入れたらいくつですか?」 「十二ぐらい…」 「では、鏡花帝国はそのどちらに分類されますか?」 「鏡花帝国語はマスターしてる」 「なら、大丈夫でしょう。」 「なぜそう言い切れる?」 「それは、鏡花帝国語は他の国の言葉と違い、発音しにくく、なおかつ読み辛い事で有名だからです。確か、現皇帝陛下もゆっくりとした会話なら成り立つ程度で、鏡花の文字を読んだりはできなかったと思います。」 「でも、できる人間なんて王宮には沢山いるだろう…」 「そうですね。宰相閣下ならできると思いますが、それでもスムーズに話を進められる程では無いと思います。」 「…でも、会話が成り立つなら、僕が出しゃばる必要良いんじゃない?」 「お父上から聞きませんでしたか?」 「何を?」 「今回の視察で鏡花帝国との同盟の件が決まると言っても過言では無いと。」 「聞いたけど…それならなおさら」 「だからです。聞いたところでは視察に来る第一皇子殿下は、外国語に明るく、我がレナール語もマスターしている。更に側近として、共に来られる方はアラス皇国の出身だそうです。レティス様はアラス語も話せますよね?」 「…話すだけなら」 「まあ、アラスの事はおいておいたとしても、第一皇子殿下からすれば、自分はレナール語を完璧話せるのに、こちらの要人達が鏡花語を片言でしか話せないとなると、いい気はしないでしょう?」 「確かに、でもそれならレナール語で会話すれば良いんじゃない?」 「確かにそうですね、話をするのが皇子殿下だけならそれでも良いでしょう。ですが、鏡花帝国からは皇子の他に、側近の方や宰相補佐の方々がいらっしゃいます。そこでの会話が途切れ途切れになるのは、いかがな物かと思いませんか?」 「…思う」 僕がそう答えると、ハウゼンは満足したような笑みを浮かべて言った。 耳を疑う様な事を… 「では、その様に陛下に進言しておきますね。」 「はぁ!?何言って!は?え?」 「陛下がこの間、私に相談なされたんですよ。鏡花語を完璧にできる者を知らないかと、もしくは、私は無理かと。」 「え?あぁ、うん?」 「もちろん、私は無理ですと答えました。そして、その後に出来る者に心あたりがありますと伝えておきました。」 「まさか‥…」 「はい、ちゃんと、レティス様のお名前も伝えてあります。」 「いや、何でだよ…」 「今日、了承が取れた事を私から陛下に伝えれば、レティス様個人に正式に招待状が届く手はずです。外交官としての。」 「外交官?通訳じゃなくて?」 「普通に会話しなければいけないのですから、通訳では駄目でしょう?」 「確かにそうだけど…陛下は了承したの?僕は魔力もジョブも低レベルな出来損ないの愚図だよ?」 「しましたとも、背に腹は変えられなし、私の紹介なら安心だと。」 「…やらないと駄目?」 「はい」 「…‥」 「ご安心ください、鏡花帝国は我が国とは違って、魔力やジョブの優劣で人を見ません。ですから、これをチャンスだと思って挑んでみては、いががでしょう?」 「チャンスって…わかった…」 僕は、拒否権が無いなら仕方ないと思いながら、嫌嫌うなずいた。 「では、そのように陛下に伝えて参ります。なので、社交ダンスは明日から始めましょう。今日は、心の整理をつけておいてください。」 そう言うと、ハウゼンは急ぎ足で屋敷をあとにした。
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