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夕食を食べ終え、時計を確認すると、針は19時50分を指していた。
そろそろ、父様の執務室に行かないと…
行きたくないなぁ…
そう思いながら僕はコートを羽織って部屋を出た。
本館に入るのは何時ぶりだろう?
最後に入ったのは、グレンの洗礼の準備中だったっけ…
そんな事を考えながら、本館の扉を開け、二階にある父様の執務室へ向かう。
執務室に着くと、深呼吸をして、ドアをノックした。
少しして、中から「誰だ?」と父様の声がしたので、僕は
「レティスです。手紙に執務室に来るよう書かれておりましたので参りました。」と答えた。
「そうか、入れ」
「はい、失礼します」僕がそう言って部屋に入ると、そこには父様だけで無く母様もいた。
母様は、僕が部屋へ入ると鋭い目で僕を睨んだ。
怖い…
というか、面倒くさい…
そんなに睨むなら帰って良いだろうか…
そう思っていると、父様が口を開いた。
「今日、グレンの野外授業について行ったらしいな。」
「はい、それが何か?」
「何か?ですって!貴方は自分が出来損ないだという自覚が無いのかしら!」
「もちろん、ございます。」
僕が母様の問にそう答えると、彼女は声を荒げた。
「では、わかっていながら、あの子の邪魔をしたと言うのね?自分が無能だからといって、後継者であるグレンの邪魔をするなんて!魔力が少ないと、心が卑しくなるというのは本当の事のようね!」
僕は母様の言葉を聞いて、ムカついた。
でも、たとえムカついたとしても、今までの僕なら、面倒だと黙っていただろう。
だが、今日はなぜか違った。
疲れて頭が回らなくなっていたのか、反論の言葉が出てしまった。
「今回の野外授業の件は、ハウゼンとグレンに半ば強引に進められたのであって、僕から頼んだのではございません。」
「そうだったとしても、断るのが普通でしょう?貴方の様な者を誘う優しい心をもったあの子を貴方は利用しただけでしょう?言い訳などおよしなさい。見苦しい。」
理不尽だ…
僕はそう思って、つい声を荒げてしまった。
「断りましたとも、嫌だと言いました。言いましたが、実戦を積んでおいて損は無いと僕を連れて行ったのは彼らです。それなのに、僕だけを邪魔者扱いして攻めるのはお門違いでしょう!」
すると母様も更に声を荒げて、
「グレンもべノー先生もお優しかっただけでしょう?貴方の様な心まで愚図な者が我がフィオール家の人間なんて信じられません!」
そんな僕と母様の口論を聞いていた父様が、突然怒鳴る様に大きな声をあげた。
「うるさぞ!黙らぬか!」
そして、執務室が静まると、父様はため息混じりにこう言った。
「レティス、私の【息子】の邪魔をするな…
お前が共に行けば足手まといになる事など言うまでもなくわかっているだろう?今後誘われる様な事があれば、私を通す様に言いなさい。」
僕はその言葉を聞いて心底腹が立った。
だって、彼は…
父様は…
今【息子】の邪魔をと言ったのだ!
僕は息子では無いと言われたも同然だ!
父親としての振る舞いなど期待してはいなかったが、まさか、息子だとすら思われていなかったとは…
そう思うと、全てがどうでも良くなった。
そして、僕は今までにないくらい低い声で
「そうですか、もう邪魔などしません…
話とはそれだけでしょうか?でしたらもう、失礼します。」と言って部屋を去ろうとすると、母様が「そんな口の聞き方をして!本当にわかっているのですか?」と金切り声を上げた。
けれど、僕はそれを無視して部屋を出ようとした。
そんな僕を父様が引き止めた。
「待ちなさい、これを」
父様がそう言って差し出したのは王家の印のついた封筒だった。
「なぜこの様な物を僕に?」
僕に王家から手紙なんてありえない。
あったとしても、全部グレンに行くはずだ…
なのになぜ、父様はこれを僕に見せるのか。
「これには、一週間後に鏡花帝国から第一皇子が視察に来ると書かれている。その視察で、我がレナール帝国と鏡花帝国の同盟が結ばれるか、いなかが決まると言っても過言では無い。」
「それが?」
それがどうしたと言うのだろう。
だから、その間は家から出るなと言いたいのか?
そんな事言われなくても、僕が行くところなんて森位だ。
僕がそう思っていると、父様が手紙を更に前に突き出し、「読んでみなさい」と言った。
そこには、こう書かれていた。
【我が国の伯爵家までの貴族の長兄は一週間後に行われる鏡花帝国の皇子を歓迎する舞踏会に必ず、参加するように。したがって、舞踏会の前日までには王城で待機しているように。部屋は用意済みである。】
と書かれていた。
だが、いつもなら、こう言う話は、全てグレンに行く。
「なぜ、これを僕に見せるのですか?」
僕がそう聞くと、父様は「そこには、伯爵家までの長兄と書かれているだろう。」
「そうですね、それと僕になんの関係が?」
「お前は自分がフィオール家の長男だという事を忘れたのか?」
「はぁ…そうですね。」
「まあ良い、いくら出来損ないの愚図でもお前はこの家の長男だ。だから、お前にはこの舞踏会に参加してもらう。」
と父様が言うので僕は少しうろたえた。
こんな時だけこの家の人間扱いか…
と思ったが何より、なぜ僕なのか…
「なぜ、僕なのです?今までならたとえ長兄と書かれていても、グレンを行かせたではありませんか。」
僕がそう言うと、父様は「今回、鏡花帝国の皇子は自らの新しい側近を我が国でスカウトすると言う噂が流れている。」
それだけ聞けば何となくわかった…
つまり、父様は敵となる可能性のある国に、跡継ぎであるグレンを行かせたくない。
だから、スカウトされる可能性のあるグレンでは無く、いてもいなくてもどっちでも良い僕を参加させようという事か…
「行ってくれるな?」
「…はい」
正直行きたくない。
けどれど、僕に拒否権は無いだろう。
「べノー先生にはマナーを叩き込む様にお願いしておきました。せいぜい、フィオール家の名に泥を塗らぬよう努力なさい」
母様のその言葉を聞き流しながら、僕は執務室をあとにした。
そして、僕は離れの部屋に戻ると倒れるように眠った。
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