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第一章 二人の【出会い】
1
この全ての攻撃が通れば、決着がつく。水谷怜瑠は息を呑みながら、己の得物を右へと傾けた。呪文をも封じるその一撃は、まさに正義から外れた者への断罪に等しい。
「【聖霊王アルカディアス】でアタック」
少女の健康的な肌色が、グラデーションを作るが如く真っ赤に染まる。事前に効果は読み上げていたため、いくら彼女が初心者と言えどこの一撃の重さは十分に理解していることだろう。
【聖霊王アルカディアス】はW《ダブル》・ブレイカー。よって彼女を守る残り二枚の盾を全て、破壊する。
チラリ、残り二枚のシールドチェック。それを終えた少女は軽く溜息をつき、ゆっくりと視線を下に落とした。S《シールド》・トリガーは……なしか。
一通りの処理を終えた怜瑠は、攻撃可能な最後のクリーチャーを右に傾け、トドメの宣言をした。
「【雷鳴の守護者ミスト・リエス】で、ダイレクトアタック」
このゲームは盾となるカードに見放されればそれでおしまい。普段のレギュレーションのようにニンジャ・ストライクもなければ、革命ゼロトリガーもない。まさに小細工なしの殴り合い、デュエル・マスターズ本来の姿と言っても過言ではないゲームだ。
「対戦ありがとうございました」
「ありがとう……ございました」
対戦相手のコメットと名乗る少女は、あからさまな不機嫌顔で怜瑠を睨んだ。切り揃えられた黒い前髪に、まだ幼さを感じさせる柔らかそうな頬。そんな愛らしい姿からは想像もつかないような、呼吸すら躊躇われる鋭い視線だ。
ああ、いるんだよなぁこう言うやつ……。口には出さずとも怜瑠は心で声を漏らす。彼女はデッキ構築がファンデッキにもかかわらず、勝ちにはこだわろうとする典型的なデュエリストだ。
〈この娘のデッキはおそらく……〉
「ああ、多分ファンデッキだろうな」
少女に聞かれないよう、小さな声で怜瑠は同居人に返答する。
マナやデッキの動きからして、彼女のデッキは闇単のパラサイトワーム。おそらく防御も、【デーモン・ハンド】四枚に頼りきっている守りの薄いデッキだ。そんなデッキでこの大会、CCSに来られても、せいぜい予選敗退がオチである。
「呪文封殺とかあかんやろ……」
口から漏れ出た少女の声は、明らかに今の理不尽に対して放たれたものだった。
〈彼女、余程悔しかったのだな〉
「ああ。何せ全敗で予選落ちだもんな」
初心者なのはもう十分に伝わったから、せめて対戦後まで睨むのはやめてくれよ……。だがそんな切実な願いも叶わず、コメットはフグのように膨らんだ頬をやめなかった。それはあたかも、目の前から早く立ち去れと言わんばかりの表情だ。
もしかするとこの対戦以前にも、彼女は対戦相手に同じことをしていたのかもしれない。
〈怜瑠。対戦結果の報告時刻になったぞ〉
「あ、ああ……」
そろそろこの空気に耐えられなくなってきた怜瑠は、デュエルスペースを片付けて大会の運営に勝利を報告しに向かおうとした。だがその前に一応、デュエルの後の挨拶はしておかなければ。
「コメットさん、対戦ありがとうございました」
「……」
ただ、コメットはそれをガン無視。去り際に後ろを振り返った時でさえ、まだ不貞腐れた顔で自分のデッキを見つめ続けていた。
勝利報告を済ませた怜瑠は、空いている対戦台の席に座り、カードの入ったデッキケースをおもむろにポーチから取り出した。そして先程使っていたデッキを取り出すと、コメットよろしく同じようにデッキを眺めてみる。我ながら、素晴らしいマナカーブだ。コスト順にカードを並べると一層、このデッキの構築バランスが際立って見えた。
〈ようやく勝ち星がとれたな、怜瑠〉
そして鳴り響くミツの声。怜瑠が小学六年生の頃から何一つ変わらない、芯のある女性の声だ。
「へへ。俺だって、ずっと負けてばかりじゃいられないさ」
〈ふん、二敗もしておいてよく言える〉
「ま、まぁ、俺だから三戦二敗に収まってる節はあるんじゃないか? もしミツが出てたら、こんなもんじゃ済まなかったかもよ?」
〈何をッ! あんな百回に一度の勝利、私は認めんぞ!〉
「でも勝ちは勝ちですよぉ」
〈くっ……私にも実態が保てる体があれば〉
「ふふっ……」
〈笑うな怜瑠!〉
心の底から悔しがるミツの声に、つい吹き出してしまった。やはり彼女の、CCSにかけた想いは相当なものだったらしい。
とは言え互いの出場権を賭けた勝負で負けたのだから、そこは仕方ないと割り切ってもらう他ない。何せ一度死んで魂だけとなってしまったミツには、長時間実態を保てる体は存在しないのだから。
〈とにかく! 今日はこれ以上負けることは許さない。絶対に勝ちたまえ、怜瑠〉
「わかってるよ。ミツの分まで俺、頑張るから」
デッキの一番前にきている切札を見ながら、怜瑠は下唇をぎゅっと噛んだ。
デュエル・マスターズーー。通称デュエマとは、子供から大人まで幅広い年齢層をターゲットにした、激しく熱かりしトレーディングカードゲームである。そしてデュエマクラシックとは、そのデュエマの中でも黎明期、すなわち基本編全五弾からなる非公式のレギュレーションだ。
非公式と言っても、その限られたカード群から紡がれるシンプルかつ奥深い戦いは、数多くのプレイヤーから愛されていた。
最初は古き時代のデュエマを、当時まだ子供だった大人達が資産のある中でプレイするといった名目で誕生したデュエマクラシック。しかし今ではそのわかりやすいプレイスタイルから、初心者の登竜門としても親しまれている。
ちなみに基本編が出た当時には、まだ怜瑠は生まれていない。しかし亡き父に買ってもらった構築済みデッキでデュエマに触れ、今ではすっかりデュエマクラシックにも引き込まれていた。
そして今日は、そのデュエマクラシックにおける記念すべき日ーー。デュエマクラシック初となる大規模大会クラシック・チャンピオン・シップ、通称CCSの開催日だった。
秋葉原にあるイベントホールにて開催されていたこの大会は、公式チャンピオン・シップに並ぶ規模、二千人程の参加者がひしめきあっていた。その式典を望んだ多くのデュエリスト達が、クラウドファウンディングで資金を掻き集めた結果である。デュエリスト達の団結力とは末恐ろしいものだ。
ちなみに怜瑠の使用デッキは光闇アルカディアス。文字通り、光以外の呪文を封じる【聖霊王アルカディアス】で相手をロックする光と闇の混色デッキだ。基本編の三大S・トリガーとして数えられる【デーモン・ハンド】、【ホーリー・スパーク】を難なく組み込める点は、このデッキの大きな強みと言えるだろう。
もっとも、最大で全六戦からなるスイスドロー形式のCCSでは、三敗した時点で敗退が確定する。その中で怜瑠は三戦一勝、まさに崖っぷちの戦況となっていた。
『お待たせしました。それでは第四回戦、対戦カードを特設サイトにて掲示します。プレイヤーの方は、指定された席までお進み下さい』
そうこうしているうちに、第四回戦となる対戦カードが発表されたようだ。さっきみたいな変なプレイヤーとはマッチしたくないなぁ……。先程の無愛想な少女を思い出して、怜瑠は溜息をついた。
デュエルは楽しいことが大前提だ。次の対戦相手は、できることなら感じの良い者と戦いたい。
スマホで対戦相手を確認して席へと向かうと、すでに対戦相手らしい男が対面に座って準備をしていた。少し小太りで存在感はあるが、優しそうな顔をした中年だった。
彼は怜瑠の姿を見るや、スマホの画面と怜瑠が首から下げたネームプレートをチラチラと見て言った。
「アルカさんですか?」
「あ、はい。そう言うあなたはバッキーさん……ですね?」
「はい。どうぞ、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
いかにも誠実そうな男だ。先程の少女とはえらい違いである。だが彼もまた、怜瑠と同じ一勝二敗のプレイヤー。内心焦っているのは間違いないだろう。
さっそく丸めていたプレイマットを机に敷き、怜瑠はデュエルの準備を始めた。一方のバッキーは、すでにデュエルの準備を終えていた。
使用するデッキも出し終えたところで、怜瑠は自身のデッキをバッキーに手渡した。無論これは、公正にデュエルを行うための大切な準備である。
互いにデッキをカットまたはシャッフルすることで、共に不正がないことを証明する。デッキのシャッフルとは、対戦相手の信頼を得るためにも非常に大切なことなのだ。
シャッフルを終えて手元に戻ってきた四十枚のデッキを、怜瑠はデュエルの準備としてシールドゾーンに五枚、手札に五枚で振り分けた。
デュエマの勝利条件は単純明快、相手の五枚のシールド全てを破壊した上で、最後にプレイヤーへのダイレクトアタックを決めるだけ。一応山札がなくなった時点でも敗北にはなるが、そんなことはまずクラシック環境においてまず起こらないだろう。
〈落ち着いてやれよ、怜瑠〉
「ああ、わかってる」
これらの準備が全て整えば、あとはデュエル開始のアナウンスを待つだけ。この一時が、また怜瑠の緊張を煽り立ててきた。
胸が苦しい。それに今回もミツの助言はなし、己の力のみの闘いである。ここは大会に出られなかったミツのためにも、何としても勝たなければ。そう思うと尚のこと、胸の奥がキュッと苦しくなった。
そして、ついにその時がやってきた。
『大変長らくお待たせ致しました。それではCCS第四回戦、デュエマ……スタートォ!』
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