プロローグ

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プロローグ

 * 「うわぁ、やっぱり秋葉原は人が多いなぁ!」 「そりゃそうだよ。何せここは海外からも観光客が来る場所だからな」  地元のさいたま市から電車に揺られ約一時間、水谷(みずたに)怜瑠(さとる)は父と共に秋葉原駅北口から見える景色に見入っていた。  思わず目を隠したくなるような広告や、背丈の高いビルの数々。初めてこの地に足を踏み入れたことへの感動で、今も胸が熱くなっている。  ちなみに今日のお目当ては他でもない、大人気カードゲーム、デュエル・マスターズのカードだ。  水谷家はシングルファザーの家庭なので、父が休みを取れる日が少なかった。そのため偶然まとまった連休の取れた今日と明日で、普段訪れないようなカードショップに行こうと言う話になったのである。  一応地元のさいたま市にもカードショップはあるが、やはりこう言った場所でなければ巡り合えないカードも多かれ少なかれ存在する。もちろん普段対戦できないデュエリストとのデュエルができるのも、遠征の大きな利点と言えよう。 「怜瑠。今日は目一杯、時間が許す限り付き合ってやるからな」 「やったぁ! よぉし、頑張って貯めたお小遣いも解放しちゃおっと!」 「おいおい、だからってあまり無駄遣いはするなよ?」 「わかってるって、お父さん!」  ちなみに亡き母の実家は杉並区にあり、今日はその両親の家に寝泊りする予定となっていた。母方の祖父母は、怜瑠が家に来るといつも温かく接してくれる。怜瑠はそんな彼らのことが大好きだった。 「お父さん、今日中に俺の新しいデッキが完成すると思うから、その時はデュエルよろしくね」 「おう! ならお父さんのアルカディアスデッキも、それに合わせて強化しておかないとなぁ」 「もう! お父さんのアルカディアスデッキは呪文が使えなくなるから嫌いだよ!」 「あはは、それを超えてこその成長だぞ」  側から見れば、他愛もない親子の会話。しかし怜瑠にとっては十分過ぎるほどの幸せだった。  いつも父が帰ってくる頃には、すでに怜瑠も就寝している。故に父との会話はいつも、あらかじめ定まった休日である日曜日にしかできなかった。もちろんそんな日に、無理を言ってまで父を外へ連れ出すことはできない。だからこそ怜瑠は今日と言う、父と子で過ごせる数少ない時間を堪能しようと思っていた。 「よし、まずは今見えているあのカードショップ! あそこにでも行ってみるか!」 「うん! どんなカードに出会えるのかなぁ、ワクワクしてきた!」  目の前にそびえ立つビル、そこに存在するであろうカードショップへと足を動かし始めた怜瑠達。しかしその瞬間、突如として耳にこびりつくような急ブレーキ音と共に、何かがぶつかる衝撃音が聞こえてきた。さらにはそれに呼応するように、ビルの森に誰かの叫び声が響く。 「事故だ! 車に人が跳ねられたぞ!」  ヒソヒソと騒ぎ始める周囲の者達。聞き耳を立てて聞いてみると、どうやら道路沿いの方で人身事故が起きたらしい。それもどよめきの大きさからしてかなりの大事故のようだ。  怜瑠はその幼心から、湧き上がってくる恐怖心で反射的に父の手を握った。その手は普段から車の整備をしているためか、分厚く、そして温かかった。 「お父さん……」 「大丈夫だよ怜瑠。しっかし、俺らが来たタイミングであんな事故が起こるとは、縁起でもないなぁ」 「う、うん……」  だんだんと手の温もりで心が落ち着いてくると、怜瑠は父の腕を軽く引っ張って自身の笑顔を見せた。心配しないで、自分はもう大丈夫だと伝えるために。  しかし、 「キャーッ!」「う、うわぁっ!」  再び耳を塞ぎたくなるような叫び声が、秋葉原の駅前に響き渡った。それも今回は事故の時の比にならないほどの大きさ、そして数だ。まるで怖がりな人がお化け屋敷に入ったかのように、恐ろしいものを見た人の叫び声だった。  すると突然、怜瑠の目の前にいた人々がバタバタと倒れ始めた。その瞬間には決まって白い残像のようなものが見える。これは、目の錯覚か何かだろうか。 「な、何これッ!?」 「落ち着け怜瑠! お前は絶対、お父さんが守ってやるからな!」  ギュッと怜瑠を自分の方へ引き寄せ、抱きしめる父。こんな時にでも訪れる安心感……。しかしその時間は、あまりにも短い終わりを告げた。 「危ない怜瑠!」  本気で怒った時でさえも見せたことのなかった血相を浮かべ、父は抱きしめていた怜瑠を突き放した。途端に怜瑠の顔へ、何か生暖かいものが飛び散る。それが父の首筋から噴き出た血であると理解すると、これまでにないほどの寒気が全身を襲った。 「……」 「お、お父さん!」  声こそ出るが、動けない……。目の前で起こっている惨状に、脳がうまく反応できてないのだ。怜瑠は父を失ったショックよりも、自分が殺されることへの恐怖で動けなくなった。  しかしこのままでは、何もせずに殺されてしまう。すると何者かの声が、怜瑠の脳内に直接語りかけるようにこだました。 〈その場から離れろ、水谷怜瑠!〉  すると恐怖で凍りついていた足が、氷結を溶かしてゆっくりと動き出す。 「はぁ……はぁ……」  怜瑠はもたつきながらも、絡まる足を解きながら歩き始めた。が、その場に横たわる父の亡骸を見て足を止めた。 「よくも……よくもお父さんをッ!」
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