38話

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38話

「シーハンはどこだ。とっとと出せよ。さらわれた?どの口が吹かす?テメェは何やってたんだ、え」 片手でカソックの襟元を引っ掴み、疑問に合わせて頭をドアに打ち付ける。 神父は黙って耐え、弱々しく呟く。 「炊き出しをしていました」 「ガキどもほっぽって?シスター一人に押し付けて?テメェのご機嫌なケツよかガバガバ入れ食い状態で?なあアウル、この界隈で孤児院襲われてるの知ってたよな。ボトムでガキが消えるのは日常茶飯事だ、新聞もテレビも今さら取り上げねえよ、でも毎日のように消えてんだ、さらわれて売られて殺されてんだ。なのに元賞金稼ぎがやってる自分とこだけは安全だって、余裕綽々で構えてたのか」 「面目ありません。私の手落ちです」 神父は一切反論も弁解もせず、ラトルスネイクの誹りを受ける。 「日和りやがって」 幻滅の滲んだ声と表情で吐き捨て、続ける。 「あたりは付いてる。ゴースト&ダークネス……亡霊と暗闇だかってご大層な名前の賞金首の双子が主犯だ、随分派手にやってたからすぐ割れたぜ。ぶっ殺してくる」 「ねぐらはわかるのですか」 「調べさせてる」 「蟲中天の幹部が勝手に動いていいんですか?せっかく出世したのに、公私混同で処分されますよ」 「ライオンの皮剥ぎなんざ一人で十分」 ラトルスネイクの笑顔に毒気が滴り、憎悪にギラ付く目が極限までひん剥かれる。 「アイツをキズモノにしたら。犯して、嬲って、殺してやる」 一言一句区切って凄み、無邪気に微笑む。 「お前もだよ、アウル」 インペリアルトパーズの目が恍惚と潤んだかと思いきや、次の瞬間胸ぐらを引き寄せ唇を奪っていた。 「っふ、は」 口をこじ開けて二股の舌をねじこみ、ガリッと噛む。 鉄錆の味に噎せる神父を突き飛ばし、親指で唇を拭い、元相棒の頬に血糊を擦り付ける。 硬質に澄んだインペリアルトパーズの瞳が、とどまるところを知らない加虐心に蕩け、カソックの胸元にたれた十字架を掴んで離す。 その手がゆるやかにすべりおり、カソックをはだけた胸板に赤い筋を曳く。 二股の舌先が耳朶で踊り、低く掠れた声を送り込む。 「アイツに何かあったら、脊椎砕けるまでブチ犯してやる」 神父の口元がさも愉快げにわななき、血糊をなすられた頬に、達観が磨き上げた憫笑を刻む。 「その目は淫行を追い、罪を犯して飽くことを知らない。彼らは心の定まらない者を誘惑し、その心は貪欲に慣れ、呪いの子となっている……平気で子供を売り買いするくせに自分の娘は可愛いんですね、あなたも所詮人の子だ」 乱れて捲れた前髪の下、苦痛に引き歪む紫の目(パープルアイ)に露骨な嘲りが浮かぶ。 気色ばんだラトルスネイクが拳銃を眉間に擬すより早く、キマイライーターが動く。 「お取りこみ中すまないが、そろそろいいかね」 杖の切っ先でノックすれば、神父だけが辛うじて振り向いた。ラトルスネイクは顔も上げない。 「引っ込んでろジジィ、俺様ちゃんはコイツとガチな話をしてんのよ」 「娘さんが巻き込まれたのは知っておる。ならば尚更急を要するのではないか?くだらない喧嘩で作戦を疎かにせんことじゃ」 「説教かよクソうぜえ」 「離れたまえラトルスネイク。ワシとやる気か」 それは一瞬の出来事。 仕込み杖から飛び出た刃が木製のドアを切り刻み、キマイライーターがノブを捻らずして威風堂々入室。 「!ちッ、」 殺気走って銃を構えたラトルスネイクの手を、たちどころに翻った杖が押さえる。 キマイライーターは冷え冷えした目で血気さかんな若造を見下ろす。 「彼が言わぬならワシが言わせてもらうぞ。ナイトアウルを責めるのはお門違いじゃ、父親の義務を果たさず人任せにした君に怒る資格などありはすまい」 ラトルスネイクの顔が歪む。 「テメェに何が」 「人から聞いた話しか知らんが何か?娘が大事ならなぜ手放した、母親を奪った負い目を抱いたか?四六時中手元において見張っておれば誘拐も防げたのに、そうしなかったのはなぜじゃ」 キマイライーターの瞳がどんどんが冷え込み、ラトルスネイクが悔しげに唇を噛む。 されどキマイライーターは追及の手を緩めず、杖の先端でラトルスネイクの顎を上げる。 「それはな、君が父親の責任を擲って犯し盗み殺す外道だからじゃよ。君が捨てて逃げた分も彼は育て親を代行したんじゃ、自らの振る舞いを棚に上げて当たり散らすのはやめたまえ」 無慈悲な杖を制したのは、横合いから伸びてきた手だ。 ラトルスネイクの顎に突き付けられた先端を静かに逸らし、赤毛の神父がため息を吐く。 「……いいんです、私の不徳が今回の事態を招いたのですから」 ラトルスネイクが中国語で悪態を吐いた。 杖を携えて通り過ぎざま、へたりこんだ彼に聞く。 「手を貸そうか?」 「無用です」 「ドアは弁償するよ、請求書を回してくれ」 「いいえ……お構いなく」 鼻白んで引き下がるラトルスネイク。彼とて愚かではない、年季に裏打ちされた実力の差は心得ている。内心今すぐ神父を絞め殺したくても、キマイライーターの前では堪えるはずだ。そうでなくては困る。 杖の頭に両手を重ね、凛と背筋を正し、キマイライーターが場を取り仕切る。 「さて、事情を聞かせてもらおうか」 カソックの襟元を締め、ずれた眼鏡を押し上げた神父がこれまでの経緯を話しだす。 自分たちが炊き出しに行った後、孤児院が襲撃を受けて十数名の子供たちが誘拐されたこと。犯人はボトムで最近犯行を重ねている賞金首。子供たちの居場所は今だ掴めず。 「誘拐の目的は人身売買でしょうね。相手は企業か変態か、いずれにせよいい金になります。うちの子供たちは身なりに手をかけているから、好みにうるさい金持ちに高く売れると……わかっていたのに」 自らの迂闊さを呪うように吐き捨て、キツく目を瞑る。キマイライーターが杖の先端で床を叩き、失意に沈む神父を現実に引き戻す。 「逆に考えたまえ、連中の目的が人身売買ならすぐさま殺されることはない、子供たちの安全は保障される。金持ちは好みがうるさいから、キズモノにされることもおそらくない」 「かもな」 片膝立てて机に掛けたラトルスネイクが皮肉っぽくまぜっ返す。表面上は平静を装っているが、落ち着きなく撃鉄を弾いて起こす動作が、内心の焦燥を代弁していた。 「身代金の受け渡しで話がすめばらくなのじゃが」 「アンタが払うのかよ、番付トップは太っ腹だな」 「ワシは構わんぞい、老いぼれ二人にあの家はちと広すぎじゃ。ダウンタウンのアパートに引っ越せば新婚時代を思い出す。ルクレツィアも納得してくれるじゃろうが、事前に許可を乞いたいの」 豪邸を売却した金で子供たちを買い戻そうと提案するキマイライーターに、ラトルスネイクは舌を巻く。 その時、表で騒ぎが持ち上がった。
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