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39話
三人が鋭い視線を交わす。
やがてシスターに導かれて転がり込んだのは意外な人物だった。
「ドギーさん、ですか。こんな時間にどうされました」
「いや、俺もよくわかんねェんだがピジョンに言伝頼まれてよ」
「ピジョン君に?」
思いがけぬ人物の口から思いがけぬタイミングで弟子の名が飛び出し、たじろぐ。
ドギーは手振り身振りを交えて申し送る。
「ガキども誘拐した連中さがしてんだろ?ゴースト&ダークネスのヤサなら5ブロック東、エンヴィーストリートのモーテルだ。名前はリトルサバンナだか、廃業して長ェけど。ピジョンは先行ってっから教会に知らせてこいって……ヴィクはどこだ、無事なんだよな」
先ほど喧嘩別れしてからピジョンの姿が見当たらない。
シスターの話では脇目もふらず駆け出していったらしいが、単身敵陣に飛び込むとは……。
「馬鹿ですかあの子は」
何故目を離した一人で行かせた、子供たちに続いて弟子まで失うはめになったら……
『シスターゼシカのあの姿を見て!ヴィクのあの声を聞いて!子どもたちのあの有様を見て、まだじっとしてろっていうんですか!?』
『外道が子どもたちを嬲りものにしてるのに、指咥えて待ってるなんてごめんですよ』
『あなたのように、なりたかった』
「違いますね。私が一番馬鹿ですよ」
今の自分はあの頃なりたかった自分たりえているか?
答えはすぐにでた。
心は決まった。
瞠目の表情に透徹した殺気が漲り、十数年の歳月を経て夜梟が羽ばたく。
「キマイライーター氏にお願いがあります。私が不在の間ここを守ってください」
「君はどこへ?」
「不肖の弟子と可愛い子供たちを助けに」
執務室の本棚に向き合い、赤い背表紙を押す。すると本棚がスライドし、無骨な保管庫が現れる。
保管庫の扉を開けてスナイパーライフルを手に取り弾丸を装填、鋭利な光を帯びたパープルアイでラトルスネイクを一瞥、有無を言わせず命じる。
「車を出してください」
「一人でイケんの、敵は十人以上だろ。モーテルに引きこもられちゃやりにくいぜ」
「少しは頭使ってくださいよラトルスネイク」
神父が嘆いてスナイパーライフルを背負い、元相棒の耳元で作戦を囁く。ラトルスネイクが目を丸くし、好戦的な笑みを剥きだす。
「あのっ!」
キマイライーターに後を頼んで出陣する神父とラトルスネイクを、両手を組んだゼシカが追ってきた。
「ブラザー・ピジョンは大丈夫でしょうか。わたくし気が動転して彼にひどいことを……だから思い詰めて」
「あなたのせいではありませんよ、子供たちともどもすぐ連れ戻します」
「神父様が炊き出しに行かれたのはわたくしのせいなのに」
ラトルスネイクが怪訝な顔をする。キマイライーターが先を促す。
廊下の真ん中で神父と対峙したシスターゼシカは、深呼吸で覚悟を決め、自分の罪を懺悔する。
「神父さまは残りたがっていたのに、わたくしが無理を言って追い立てたんです。教会にずっと詰めてたのではお体に悪いと、たまには気晴らしが必要だと無理を言って……」
「貴女ひとりに留守を任せたのは間違いでした、私の驕りです」
「チェシャやハリ―も……みんながうちを守るから、大丈夫だって……教会にこもりっぱなしじゃ人助けができないから、もっと小さい子にごはんをあげにいってほしいって」
チェシャもハリ―も、もとは炊き出しで拾われたみなしごだ。
故に自分と同じようにひもじい思いをしている子を見過ごせず、いってらっしゃいと神父を送り出した。
自立心が芽生え始めた子供たちの申し出を固辞すれば、彼らを信用してない裏付けとなる。
「それでも残るべきでした。絶対に」
言い訳はしない。
できるはずがない。
スナイパーライフルを背負い直し、二度と振り向かず出ていく神父に、シスターたちが勢ぞろいで十字を切った。
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