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ファイルを閉じて持ち上げると、中から1枚、名刺が落ちてきた。
落ちた名刺を手に取った歌澄は、そこに書かれた名前に、思わず動きを止めた。
「あ、三上さんの名前……」
三上は、父の会社に出入りしていた、取引先の下請けのセールスエンジニアで、システムの不具合はもちろんだが、誤操作によるエラーなど起こると、いつも相談し、すぐに来てもらっていた人物である。
キーボードを叩く、長い指が綺麗で印象的だった。
視力が悪いらしく、かなり分厚い眼鏡を掛けていたが、その向こうは整った顔立ちで、服装や髪型を工夫すれば、すぐにも女性を魅了する外見になりそうだった。
システムに対する知識は深く、当時社長であった父も、全幅の信頼を寄せていた。
父が、身に覚えの無い特別背任罪の容疑で逮捕された時、社員も取引先も、一斉によそよそしくなった。そんな中、家族以外で父を信じ、親身になってくれたのが、三上だった。
裁判も全て傍聴し、弁護士を探してくれた。
長い指と、眼鏡を外した顔を想像した歌澄はふと、その姿に現在の上司を重ねる。
「え?! まさか……」
歌澄は、三上の名刺を拾うと、そっと手帳に挟む。
そうして他の名刺には全てはさみを入れ、迷うこと無くごみ箱へ捨てた。
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