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「部屋を用意した」
歌澄が、自身の上司であり、愛人関係にある千川京也からそう告げられたのは、1週間ほど前であった。
「部屋、ですか」
「ああ、このマンションの三階だ。ワンルームの分譲賃貸。社員寮として、会社名義で借りている。家賃の自己負担は半額の6万だから、今のところと大差ないだろう」
京也のこの部屋は、タワーマンションの最上階、メゾネットタイプの3LDKだ。ほとんどの壁がガラス張りで、一つ一つの部屋が広い。
しかし同じマンションとはいえ、ワンルームだという3階の部屋は、それ程広くは無いだろうと思われた。
ポストルームの入り口付近にある「03」で始まる部屋番号はかなり多く、最上階であることを示す「35」から始まる部屋番号はその半分以下なのだ。
「私は、今のところで充分……」
歌澄の部屋は、学生街に近い立地の、女性専用マンション。本来は学生向けの物件で、玄関がオートロックの割に、部屋が狭い分家賃が安い。
「勘違いするな、命令だ。最近また、マスコミがうるさくなってきた」
京也は、有無を言わせなかった。
「それなら尚更、うかつに動かない方がいいのではありませんか」
歌澄は、無駄だと知りながらも抵抗する。
「俺が引っ越すわけではないし、元から会社で借りている物件だ。今まで入居していた社員が、結婚して引っ越すからと空いただけだから、その後に他の社員が入居しても、何の問題も無い」
案の定、京也は歌澄の抵抗を、あっさりと流した。
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