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歌澄が、上司であり、自身が勤める株式会社ケルスの社長である千川京也と深い関係になって半年が過ぎようとしている。
歌澄の父公孝が、特別背任罪で捕まった後、歌澄と母の敏子も、連座するように関本工業を追われた。新たな職を探そうにも、父の事件は大きく報道され、関本の名前では、なかなか採用が決まらなかった。
そのため敏子は、公孝と離婚し、姓を旧姓の津崎に戻した。歌澄も母の戸籍に入り、津崎を名乗っている。離婚と言っても、姓を変えるための書類上のものであり、敏子は公孝の身元引受人として、自らの故郷でその帰りを待っている。
それでも歌澄の就職は、決まらなかった。
単に試験結果が不採用であったばかりでなく、何社か、内定が取り消されたこともある。履歴書や職務経歴書には、関本工業に勤めていたことは明記したが、それだけでは、知っていなければ娘だと分からない。おそらくは、本採用前の身元調査で、関本の娘だと判明したのだろう。
そこで歌澄は正社員を諦め、履歴書も職務経歴書も必要としない派遣社員として働きはじめた。しかし、そこでも身元が分かると、契約の打ち切りに遭ったり、正社員登用が取り消されたりした。
もちろん、はっきりと確認したわけではない。
しかし、同時期に入った他の派遣社員が、契約を更新されたり、正社員に登用されたりする中、少なくとも同程度の仕事をこなしていた歌澄だけが、契約終了になったり、正社員になれなかったりしたのだ。
しかもその少し前から、派遣先の社員達の態度がよそよそしくなったり、逆に変に親切になったりと、不自然な様子が見られた。
2度、3度と同じ事が繰り返され、歌澄はまたかと、諦観するようになった。
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