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そんな時であった。
派遣会社から、ケルスの営業事務を紹介された。先方が、紹介予定派遣として、歌澄を指名しているという。
社長がマスコミに取り上げられる著名人であることから、ケルスの名は知っていたが、個人的な知り合いなどいないはずだ。もしかしたら、関本工業時代の知人がいるかもしれないと考えたが、父の逮捕後、誰もが掌を返したことを思い出し、その可能性を否定した。
面談の担当者は、営業1課の課長で、坂咲希海という女性だった。初対面だったが、自分とさほど年の変わらない彼女に親近感を抱き、歌澄は思い切って、自分が関本の娘だと告げた。
「承知しています。失礼ながら、それでお困りだということも……ですが、同情だけで人を入れるほど、当社は甘くありません。少なくとも津崎さんには、事務の実務経験と、他社で正社員登用の話が出る程の能力があるという点を買っています」
希海は淡々と、事務的に話を進めた。
歌澄はその言葉に、驚きながらも安堵した。自分の経歴を最初から知っているなら、それを理由に契約が打ち切られることはないだろう。
「ありがとうございます。それで、紹介予定派遣というのは……」
「我が社では、一般派遣、紹介予定派遣に関わらず、派遣契約は3ヶ月のみです。3ヶ月後、あまりに合わない方は契約終了とさせて頂きます。ただそれは、その方がダメということではなく、仕事が合っていないのに、無理をする必要はないからです。互いに、共に働きたいと思えば、正社員登用試験を受けて頂きます。その場合はもし不合格でも、派遣と同じ時給で契約社員としての採用を確約します。もちろん、正社員を希望されない場合は、希望をお伺いしますが……育児や介護が理由なら時短勤務が出来ますし、ほとんどの方が、派遣から正社員になって頂いています」
ケルスのような大企業で、派遣社員から正社員になれるのは、よほどのレアケースだ。
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