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アウェアネスー共有する、過去と未来ー
「懐かしい……」
部屋の掃除と片付けをしていた津崎歌澄は、やや古くなったファイルを見つけた。中には、多くの名刺が納められている。
かつて、歌澄の父関本公孝が経営していた関本工業に勤めていた時のものだ。
元は小さな町工場だったが、特許技術のお陰で業績は右肩上がりだった。歌澄は母敏子と共に、町工場だった頃から手伝っていた。だから、大学を卒業した後、関本工業に就職したのは、自然なことだった。
歌澄は、事務と共に受付や来客へのお茶出しなども担当していたから、よく名刺をもらっていた。歌澄としては、一旦預かって本来の担当者に渡すつもりだったが、来客は改めて担当者に渡すことも多かった。
思えば、社長の娘である歌澄に、少しでも顔と名前を覚えてもらおうと、彼らは歌澄本人に対して、名刺を渡していたのだろう。
この名刺は全て、「関本工業の社長令嬢」に渡されたものだ。社長令嬢ではない今となっては、何の意味も無い。
名刺の相手に連絡をしたところで、迷惑がられるだけだろう。
それよりも歌澄には、今の仕事を全うする義務がある。
そう決意して、名刺を全て処分することに決めた。
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