初夢は別れの香り

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初夢は別れの香り

 初夢は正夢になるという。子供の頃、転ぶ夢を見た三日後、俺は本当に転んで手を五針縫う怪我をした。それ以来、初夢は俺にとって重要な意味を持つものになっていた。 「……じ。真次(しんじ)!」 「ハッ」  俺は悪夢から目覚めて瞳を見開いた。息は乱れ、額にはじっとりと嫌な汗が滲む。 「……っく……」  そして、泣いていた。義久(よしひさ)――ヨシが瞼に口付けて、涙の筋を舐め取ってくれる。 「どうした? 嫌な夢、見たか」 「う……うん。ちょっと」 「初夢なのに、災難だったな」  そう。これは初夢。いつか現実のものとなる、正夢だった。 「ヨシ……今日、新年会行かないで」  縛り付けたくないのに、思わず縋るような声が出てしまう。ヨシは、あまりそんな我が儘を言った事のない俺の言葉にビックリしたようで、一瞬あって明確に言った。 「ああ……お前が行くなって言うなら、行かねぇけど」 「……ううん。何でもない。行ってきて良いよ、ヨシ……」  俺は諦めて、溜め息と共に言葉に乗せた。転ぶ夢を見た時も、随分と用心深く歩いたものだったけど、結局段差に躓いて派手に転んだ。これは、もう避けられない運命なんだ。そう思うと、また一筋雫が瞳から零れるのだった。 「おい泣くなよ、真次。行かねぇよ、お前の側に居るから……」  ヨシは俺の涙に弱いから、頬を両の拳で包んでキスしてくれる。嗚呼……ヨシ。最初で最後の恋だと思ったのに。君と別れなくちゃいけないなんて、心臓が痛い。泣き止まない俺に業を煮やして、ヨシが折衷案を出してきた。 「じゃあ、お前も来いよ。新年会。一緒にニューイヤーを祝おう」  最後に思い出を作るのも、良いかな。俺は少し考えて頷いた。 「うん。そうしよう」     *    *    *  新年会の会場に着くと、途端に秘書課の先輩に掴まった。 「明けましておめでとう、お二人さん! ちょっと真次くん借りるわね」 「えっ……」  返事をする隙も与えず、手首を掴まれロッカールームに引っ張られていく。 「これ、着てちょうだい!」 「へ?」  渡されたのは、バブル時代を彷彿とさせるボディコンシャスなミニワンピースに、ブロンドのウィッグ。先輩は、顔の前で手をパンと打ち合わせてお願いしてきた。 「一生のお願い!」  先輩には、何度人生があるのだろう……。 「余興で歌うんだけど、ダンサーしてたコが一人、病欠なのヨ。ダンスは簡単だから、見目の良い真次くんにやって欲しいの!」 「ええ……ダンスですか?」 「簡単なの! 一時間も練習すれば覚えられるから!」  それは『簡単』と言うのだろうか……。そう思ったけれど、先輩の頼み、そしてヨシと新年会を楽しむ自信もなかった俺は、渋々といったていで引き受けた。 「良いですよ。ダンス、教えてください」     *    *    *  結局、ダンスを完璧に覚えるまでに、一時間半かかった。四曲分だから、早い方だと思う。俺は身体を動かすのが好きだから何とか覚えられたけど、他のひとだったらどうなっただろうな。先輩たち、一ヶ月前から練習してたって言ってたし。本番では、腰を使った大胆なダンスに、庶務課や秘書課のアイドルを差し置いて、俺の名前を叫んで盛り上がる社員が後を絶たなかった。先輩と人気を二分してるって……みんな、何処か間違っていると思う。 「真次!」  踊り終わって袖にハケると、ヨシが待っていた。先輩に連れ去られてから即席のステージに上がるまで、この余興に出る事を伝える暇がなかったから、ヨシはさぞ驚いた事だろう。 「先輩、もう真次返して貰って良いだろ?」 「ええ。充分貸して貰ったわ、ありがと」 「ちょっと、こっち来い」 「え……」  ヨシは俺の手首を掴んで、グイグイと引いて先を行く。先輩の時といい、俺の意思って……。着替えたかったけど、相手がヨシだから俺は大人しく着いていった。着いた先は、リネン室だった。 「……真次! 頼むから、そんなミニで腰振らないでくれ! お前が実はすんげぇ色っぽいんだって、皆にバレるだろ!」  珍しく頼み込むように言われたと思ったら、ヤキモチ? 俺はルージュの引かれた唇で苦笑した。 「そんな事思うの、ヨシだけだろ。女性じゃないんだから、大丈夫」 「いや、お前のパンツ見ようとして這いつくばってた奴が、三人は居た!」 「もう、ヨシ……。それは他の女性のを見ようとしてたんだ、きっと」 「こんな格好は、俺以外の前でするな……」 「あっ」  ふいに体重をかけられて、洗い終えたシーツの上に押し倒されていた。俺はもがく。 「やっ……ヨシ?」  太ももに当たったヨシの雄が、猛っているのがハッキリ分かる。ヨシ、この姿の俺に欲情してる? 「お前が悪りぃ。そんな格好で煽りやがって。真次は、俺だけのものだ」  下着がギリギリ隠れるラインのスカートをたくし上げられて、ボクサーパンツから片足が引き抜かれる。片足の膝に下着は残って、全部脱いでしまうよりいやらしく見えるのだった。 「む……ぐ……」  口内にヨシの人差し指と中指が入ってきて、舌を摘ままれる。口が閉じられず、飲み込めない唾液が顎から滴った。やがてそれが引き抜かれると、濡れた指が後孔に忍び入る。一気に二本入って、押し拡げるようにズプズプと抜き差しされた。 「あ・ぁんっ・ヨシ……」  外れのリネン室には誰も来ない。俺たちは欲望のままに繋がった。内部のしこりを擦り上げるように、ヨシがゆっくりと大きく動く。 「んんっ・はぁ・ヨ…ッシ、駄目それぇ……っ」 「きゅうきゅうに締まってるぞ。とろとろに蕩けて、絡み付いてくる」 「やぁっ……」  わざと実況するヨシが恥ずかしくて、俺は顔を覆ってしまう。すると手首を掴まれて、雄の本能にギラギラ光るヨシの昏い瞳と目が合った。 「あ・あ・うっん・ひゃっ……イ・く……っ!」  滅茶苦茶に突き上げられて、俺は泣き声を上げる。前も握って扱かれて、俺は身も世もなく喘ぎ声を零し続けた。 「く……俺も、イく……」  ミニワンピースから飛び出た分身から蜜が放たれると、ヨシを受け入れている孔もきゅうと締まって、中に熱い体液が叩き付けられた。思い切り奥まで貫かれ、俺は背をしならせて衝撃に堪える。 「あ・んんっ……!」 「はぁ……」  俺たちは繋がったまま、固く抱き合ってしばらく荒い息を整えていた。やがてヨシが、顔中に唇を触れさせてくる。 「……真次」 「……ん?」 「悩みは消えたか?」 「えっ」 「運動療法だ。悩んでる時はコレに限る。今朝、泣きながら起きた時から……ずっと悩んでたろ?」  そうだった。俺は初夢を思い出して、じわりと目頭が熱くなるのを意識した。 「まだ、悩んでるのか。俺に、聞かせてくれないか」 「……俺の初夢は、正夢になるんだ」 「どんな初夢だった?」  触れない所が一つもなくなるようにとでもいうように、ヨシはchu、chuと顔中に触れながら吐息で話す。 「ヨシが……ブロンドの女の子としてる夢。愛してるって囁いてた」  途端、ヨシがくすりと息を漏らした。何が可笑しいの、ヨシ。俺はますます泣きそうになって眉根を寄せる。 「ああ……そんなカオすんな、真次……愛してる」  ヨシは一度長く、額に口付けた。 「真次、お前……今、どんな格好してるか分かってるのか?」 「……え?」  俺のウィッグの髪を一房握ると、ヨシは目の前にそれを差し出した。 「……あ!」  俺は気付いて目を丸くする。 「確かに俺は、ブロンドのお前を抱いて、愛してると言った。これで、正夢になったな」  くすくす笑う、俺にだけ向けられるヨシの優しい笑みに、胸の奥がじんわりと暖まる。 「ヨシ……」 「ん?」 「俺……変な気分になっちゃった。もう一回、良い……?」  顎を引いて上目遣いで窺うと、ヨシがちろりと下唇を舐めて片頬を笑みの形に歪ませた。 「お望み通りに」  それから幾度も、初夢は正夢になって、俺はヨシの背中に爪を立てて密やかに熱い息を吐くのだった。 End.
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