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大掃除にて
「じゃお前そっちのダンボール運んで」
先輩から指示された通りに、ものも言わずひたすらダンボールを運び続けるのは、手塚という青年だ。中肉中背、浅黒い肌に三白眼。よく言えば精悍な顔立ち、悪くいえば人相が悪い。さらに少し背を丸めたそのいでたちは決して友好的とは言えず、また本人の性格もまるで社交性がなかった。そんなつもりはないのに、周囲に人が寄り付かないような、そんな男だった。
今日は仕事納め、社員総出で大掃除。工場と事務所が別の場所にあるこの会社だが、この日ばかりはどちらの社員も入り交じって作業をしていた。
手塚は普段、工場でひたすら畳を作っている畳職人だ。い草の匂いに包まれながら、一日中黙々と畳を裁断、張り付け、縫い付けと行うのは、手塚にとって天職と言えた。実際筋も良く、上からの評価も高い。高校を卒業してすぐにこの世界に飛び込み、今年で四年が過ぎた。
事務所は年明けに移転を控えており、そのせいもあってたいそう乱雑な有様だった。要か不要かわからない段ボールがあちらこちらに山積みにされ、手塚は指示通りにそれらを運ぶ。段ボールの中の書類をひとつひとつ破棄するものとしないものに仕分けている社員もいる。今やるべきことか? と手塚は思ったが口には出さない。
「お疲れ様。悪いね、こっちまで手伝ってもらっちゃって」
社製のブルゾンを羽織った男が工場のメンツが作業している一画に向かって声を掛ける。その声の方を見た途端、手塚に落雷を受けたような衝撃が走った。
理由は、その男の顔があまりにも、好みだったから。
手塚は物心ついた頃より、恋愛対象が同性である男性だった。それゆえなんとなく心を開くことをせず、人と距離を置くようになったのかもしれない。それでも、恥じたことはなく、また嘘をついて隠そうとしたこともない。だがどうしてか、たびたびバレてしまうのだった。
普段の三白眼が三白眼でなくなるほどに大きく目を見開き作業の手を止めていると、隣で作業している同僚が背中を叩いてきた。
「羽田さん気をつけてください、手塚が狙ってますよ!」
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