129人が本棚に入れています
本棚に追加
美味しいって幸せ
「今日はいい豚ヒレが入ったって聞いて。サルティンボッカにしようと思って買ってきたんだ」
羽田が得意げにレジ袋から戦利品を取り出すと
「あ……今日鰯が特価だったんで生姜煮にしようと思って……」
手塚も恐る恐るエコバッグから大量の鰯を取り出したものだから、二人は顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、どっちも一緒に作ろうよ」
「はい」
メインとメイン、献立としては少々難ありと言えなくもないが、ふたりはこうして共にキッチンに立つことが多い。イタリアンレストランでバイトをしていたことのある羽田と、小料理屋でバイトをし、そのまま板前になることも考えたこともある手塚。今は全く毛色の違う職についてはいるものの、どちらももともと料理が好きで、腕前はプロ並みである。
効率と彩りを重視してサクサク作る羽田と、とにかく細かく丁寧な仕事をする手塚。料理にも性格がよく表れるものである。それでも、ふたり並んでキッチンに立てば、もちろん会話だってするし、時にはボディタッチだって――といきたいところだが。
「ちょっと、今はやめてもらえますか」
ドがつくほど真面目で職人気質な手塚は、モノ作りの最中に邪魔が入るのを嫌がる。相手が恋人でも例外ではないらしい。羽田がちょっと、ほんのちょっと腰に手を這わせただけで、この拒みようである。
「はぁい」
でもそんなところも好きなんだよね、と羽田もおとなしく調理に集中することにする。
小一時間もすれば、テーブルには所狭しと和洋折衷の品々がお目見えする。例のメイン二品の他にも、合間に残り物で適当に作った副菜が数品。ちょうどいい頃合いで、ご飯が炊けたことを知らせるアラームも鳴った。
色違いの茶碗に炊きたてのご飯を盛り、お揃いの箸を準備して。
「いただきます」
向かい合って、声を揃えるこの時が、とても幸せだと手塚は思う。愛する人と一緒にひとつのものを作り、完成させた達成感に、共に食卓を囲むことがとても自然となった今の状況。一年前には想像もしていなかった。
「美味しいね」
ほら、今だって神々しささえ讃えた端整な顔立ちを柔らかに崩し、幸せそうにご飯を頬張る羽田が手塚に話しかけている。こんなことが本当にあっていいものだろうか。
「……手塚くん?」
返事が無いことを不思議に思い、羽田が手塚の顔をのぞき込む。
「あ、はい、すみません」
「どうしたの、また夢じゃないかなんて思ってる?」
「どうしてわかったんですか……」
恥ずかしさで手塚は顔を手で覆った。もう付き合い始めて半年になろうというのに、この美で全てが形成されたような――否、容姿だけではない。優しくスマートでよく気のつくパーフェクトなジェントルマンが、何の取り柄もない自分なんかと、どうして。そんな思いにまだまだ捕らわれいて、未だに恋人同士であることを信じがたいのだった。
「もう、いい加減信じてよ」
「すみません……」
もう、とは言いながら、羽田は愉快でたまらないといった顔だ。
「いつまでも信じてくれないなら、そのうちほんとにどっか行っちゃうかもよ?」
羽田がそんなことを言ったのはもちろん、ほんの悪戯心だ。だが手塚はその言葉を聞いて血相を変えた。
「だ、駄目ですっ」
がたん、と大きな音を立て椅子から立ち上がり、椅子が倒れた。
「ずっとそばに置いてください、お願いします、何でもしますから」
そう言って椅子に座る羽田を後ろから縋るように抱きしめた。冗談が通じるような相手ではなかった、と思い出した羽田は苦笑い。
「何でも?」
「何でも」
「じゃあ僕の恋人だっていつだって胸を張っててよ」
「……頑張ります」
「それと」
「はい」
「食べ終わったらいっぱい抱いてね」
「っ! それはもちろん、そのつもりで……」
「ふふ。やっぱり手塚くんはえっちだね」
「羽田さんに言われたくないですっ」
手塚に笑顔が戻り、ばつが悪そうに椅子を起こして再び席に着いた。
当たり前のようにふたりでご飯を作って、食べて、後片付けをして、その後はたくさん愛し合って。
そんな何気ない日々がとても幸せだと、互いに感じている。
最初のコメントを投稿しよう!