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佐藤さんの表情が頭から離れないわたしは、佐藤さんをよく観察することにした。
いつもは業務で手一杯だと思っていたけど、なんとなく佐藤さんを中心に周りを見ることに慣れてきた。
誰かの付き添いがないと歩くのが危ない伊藤さんが、勝手に歩き出しちゃうのを阻止できたり。
認知症で異食行為がある渡辺さんがティッシュペーパーを食べるのをすんでのところで止められたり。
そして、佐藤さんは相変わらずセクハラ三昧。
最近のお気に入りは、ケアワーカーの新人の男の子。
彼のことを追う視線。
歩くときは彼をご指名。
歩行介助で支えられた手を必要以上に撫でまわす。
やっぱり、色呆け爺だ。
この前、高橋さんが転びそうになった時にみた表情は見間違いかな。
そう再認識した。
この日、午後のレクリエーションは風船バレー。
部屋を真ん中でしきり、椅子か車いすに座っての参加。
立ってやりたい人は、椅子や車いすの利用者さんの輪から少し外れてもらい、職員付き添いで参加してもらう。
ケガや転倒に注意して、みんなが楽しくなるように声をかける。
「高橋さん、風船きたよ」
「渡辺さん、目の前だよ。打ち返して」
白熱する試合。
ほどよく風船に集中し、みんなが体を動かしている。
風船を落とすたびに点数をわたしがホワイトボードに書いていく。
佐藤さんのチームは10点差で負けていた。
残り5分。
ここから佐藤さんのチームの怒涛の追い上げが始まった。
といっても、右半身が麻痺している田中さんに風船が集中してしまったのだ。
右側の風船に対処しきれない田中さん。
この頃の田中さんは、デイにも慣れてきて、みんなと一緒にレクリエーションに参加できていた。
田中さんが対処しきれない風船をかわりに拾う渡辺さん。
身体能力の高い渡辺さんは、立って風船バレーに参加していた。
ちょうどそばについていた新人君が目を離したとき。
渡辺さんの体が傾いた。
転ぶ!
と思ったその時。
近くの椅子が少し動き、渡辺さんは椅子に引き寄せられるように座った。
椅子に座った渡辺さんが、目をぱちくりしている。
その場にいた職員は転倒を免れて安堵した。
まさに奇跡だった。
転んでいたら大けがをしていただろう。
みんなが落ち着き、風船バレー再開かな、そう思った時キッチンタイマーが鳴った。
風船バレーの終わりを告げていた。
30-31
佐藤さんのチームの勝ち。
その時、わたしはまたしても見てしまった。
不気味な笑顔の佐藤さんを。
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