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「……違う、よ」
遠慮がちに言われた言葉が、静かに耳に届いた。
「違うって?」
「その……、恥ずかしいのも、あるけど……」
こちらに顔を向けつつも、視線を漂わせながら言葉を探すように言い淀む。
「……葵くん、……か、っこ、いい、……から」
途切れ途切れに発しながら、両手で顔を覆ってしまった。みるみる赤く染まっていくのを見て、呆気にとられる。それは恐らく容姿のことで、聞き飽きるほど周囲から言われてきたその言葉に、ひねくれた自分が浮かれたことなんて一度も無かった。
「だから、真正面から見つめられると、た、耐えられないっていうか」
顔を隠したまま話すその言葉に、なんと返せばいいのか分からず黙った。少しの間沈黙が流れ、なにを誤解したのか、はっと焦ったようにその手が外れて声を上げる。
「ごめん、見た目のこと言われるの嫌だっ……」
言葉尻が途切れ、真っすぐに見つめられるその瞳が大きくなる。顔に集まっていた熱が一層に増し、慌てて視線を背けた。熱い、やばい、なんだこれ。
今まで何とも感じていなかった言葉が、好きな人に言われるだけでこんなにも変わってしまうものなのか。嬉しい、と思うよりも先に羞恥心が襲ってきて、思わず顔を背けてしまった。あぁ、そうか、花さんもこういう感覚なのかもしれない。
ふいに頬に触れられ、驚いて心臓が高鳴った。
「顔、赤いよ……?」
指摘されたことが何だか悔しくて、眉を寄せて睨むように視線を向ける。
「言わなくていい」
「もしかして、照れてる?」
俺の態度で察したのか、そう言い当てられて今度こそ何も言えなくなってしまった。花さんがおかしそうに笑い、遠慮がちに触れていた手で頬を包まれる。
「なんか、かわいい」
「嬉しくない」
「私が嬉しいんだよ」
形勢逆転とばかりに余裕の笑顔を見せられて、悔しさを感じながらもその姿に鼓動が速くなっていく。可愛いのはどっちだよ。すぐに恥ずかしがって、赤くなって、かと思えば無邪気に笑顔を見せて。
「そういうこと言うと、意地悪するよ」
覆いかぶさり、わざとらしく耳元で囁いた。はっと息遣いが届き、柔らかい身体が途端に強張る。そのまま耳に口づけ、頬に滑らせれば、「いいよ」なんて普段言わないようなことを真っ赤な顔で零すものだから、優しくする余裕なんて無くなって今度こそ首筋に噛みついた。
終
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