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5 夕焼け
夕方のことでした。
立夏の部屋のなかは西日を浴びて、だいだいの色に染まっていました。とっぷりと、だいだい色の水底に沈んだように染まっていました。
気温はほんの少しばかり暑く、網戸から風が入るとちょうど心地よく感じられました。
立夏は椅子の上に膝をついて、網戸の向こうに見える街並みの上に広がる夕焼け空を見つめていました。
外の景色もだいだいに染め尽くされていて、部屋のなかと外で境界がないように思われました。
かれこれ三十分も立夏はそうしていました。
「……何をそんなに見ているのじゃ?」
ブルーニーが、こういったのも実に頷ける話でした。
「…………」
立夏にはブルーニーのいったことなど届いてないというふうに、静寂を保っていました。
「なにがそんなにおもしろく見えるのじゃ!? ただの夕焼け模様じゃろうて!」
立夏はゆっくりとブルーニーの方へ——つまり部屋の中の方へと——顔を向けました。
「夕焼け模様だけど、ただのではないよ。なぜって、同じ夕焼けの風景なんて、一度としてないのだから。今見ている風景は、実はみんなはじめての風景なのだからね」
「……そういうのをたそがれているというのじゃ」ブルーニーはこういおうとしましたがすんでのところで飲み込みました。感傷の邪魔をするほど、みっともないことはないと思ったからです。代わりにこんなことをいいました。
「こういうものは、誰かと見る方がより良いであろう。お前様にも今の景色を共感したい者がおるじゃろうて」
「どういうことだいブルーニー? ひとりで見ていちゃだめだとでもいうの?」
「そうではない。より良いというだけの話じゃ。いうなれば今のお前さんは孤独なのじゃよ、たったひとりでこの夕焼けを感じている。それは言い換えれば実に寂しいということでもあるからの」
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