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奇妙な同居生活2
漁師仲間との昼食を終え、いつもより早めに作業を終わらせ、帰り支度をする。
「女でもできたんか?」
珍しい武史の様子に漁師仲間から冷やかしの声に苦笑いで答える。
「親戚が来とるんですわ。しばらくこっちで過ごす予定で」
明日明後日には、しばらくこちらにいる親戚が武史と年齢が変わらない女だということがわかるだろう。それくらい小さい町で、コミュニティも狭い。
夜にでも千尋にそのことを伝えておかないと、都会暮らしだった彼女にはしんどいものがあるだろう。
武史は男だし、あまり噂話には関心がないが、年頃の女性にとってはいきなり噂の中心になることはキツいものがある。
(悪い人たちやないんやけどな)
智史はこれが嫌で家を出た。千尋はどうだろうか。
(できれば馴染んでくれるとええけどな)
そう思いながら、武史は急いで家に帰った。
千尋と俊樹もちょうど食べ終わった頃だった。
「早かったな、タケ」
居間にいたのは俊樹だけだった。台所を覗きこみ、洗い物をしている千尋に声をかけると一旦手を止めて振り向く。
「おかえりなさい」
早朝に見たような泣きそうな顔はもうしていなかった。ホッとしながら、武史は千尋の出迎えに答える。
「ただいま」
冷蔵庫に夕飯の魚を仕舞うと、荷造りをしていた俊樹に帰る時間を確認する。あと少しで出ないと間に合わない時間だった。
「駅まで送るわ」
洗濯機に今日の作業で使った服を放り込み、回し始める。
まだ早いと言う俊樹に、田舎の電車の恐ろしさを伝える。
「1時間に一本やぞ。乗り遅れたらえらいことになる。早めに行っとくに越したことないわ」
その言葉が響いたのか、重い腰を上げた俊樹は、千尋に帰る旨を伝える。
千尋も駅に見送りに行こうとするが、俊樹が止めた。
「姉貴は離れの片付けあるし、ネットの工事の人もこの後来るんだろう?ここでいいよ」
一旦言葉を切ったあと、俊樹は真剣な顔をして千尋に伝える。
「今度は何かあったら事前に言ってくれよ。二人だけの姉弟なんだから。俺に言いにくいなら、タケでも智史くんでも敏子おばちゃんでもいいから。それだけは約束して」
辛そうな表情を見せたのは一瞬だった。
「心配かけてごめんね。...約束する。...柳田さんとも連絡取らないから」
その返事をすべて信じている訳ではないだろう。それでも俊樹は頷き、お盆にまた来ることを伝えると、武史と共に駅へ向かった。
「タケ、姉貴を頼むな」
「わかった。俺もトシと約束したからな」
さっきまでの真剣な表情とはうって変わり、気が抜けた顔で助手席に乗る俊樹に返事をしながら武史は車を駅に向かわせる。
昼間のため、交通量は少ない。すいすいと進む車に合わせて流れる風景を見ながら、俊樹は爆弾発言をする。
「俺、タケなら兄貴って呼んでもいいよ」
脳にその言葉が届いた後も、意味を理解するまで数秒かかった。
「はぁ!?何言いよんや、お前」
「タケ、姉貴が初恋だって言ってたじゃんか」
「昔の話やろ!」
親戚ならではの古い記憶を掘り起こされ、武史は声を荒らげる。手にびっちょりと汗をかいているのがわかった。
「客観的に見ると姉貴はいい女だと思うよ。料理も家事もばあちゃん仕込み。自分で食べて行けるだけの仕事もあるし。身長はちょっと低いのと、顔は好みが分かれるのが難点だけど。意外と胸もあるし。ま、性格がちょっと面倒くさいけど」
弟からの評価に武志はどう答えたらよいかわからず、黙ったままだ。俊樹も返事を求めているわけではないのだろう、独り言のように呟く。
「両親が死んで、自分がしっかりしないといけないと思ったんだろうな。じいちゃん、ばあちゃんの言うことを素直に聞いていて、家のこともしっかりやっていたよ。親がいないことにふて腐れて、反抗ばかりしていた俺よりもよっぽど大人だった。...だから、柳田みたいな、一回りも上の男にちょっと優しくされて嬉しかったんだろな」
「柳田とは付き合っていたんか?」
「姉貴は少なくともそう思っていたよ。バツイチと聞かされてそれを信じてた」
ため息混じりに俊樹は答えた。あまり話さないから、俺もこれ以上知らないんだという俊樹に答えに、武史も何も言えないまま駅まで車を走らせ続けた。
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