初恋と今3

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初恋と今3

「武史!」 過去のことを思い出し、ボーっとしていた武史は秀樹の言葉で現実に戻ってくる。 「何腑抜けとんや。はよ決めるぞ」 そう言って夏祭りの打ち合わせを続ける。 8月頭にある地元で一番大きい祭りまであと2ヶ月弱。 地元の青年団として運営側で参加するため、打ち合わせも熱が入っていた。 (一緒には回れんな) そのことが残念に感じる。 いつもの青年団のメンバーとの打ち合わせが終わり、武史は例年と同じく警備をすることになった。 打ち合わせが終わると武史はお金を置き、いそいそと帰り支度をする。 「武史、早いやないか!そんなに千尋ちゃんに会いたいんか」 「…明日も朝早いけん」 言い訳がましいセリフ。もちろん仲間は武史の言葉をそのまま受け取らなかった。 どっと笑いが置き、誰かの「ベタぼれやなぁ」というヤジが飛んでくる。 「千尋ちゃんとの動物園デート楽しめよ。また明後日な」 ニヤニヤとしながら言う秀樹をジロリと睨む。 「うっさいわ」 赤くなる顔を隠すようにわざとぶっきらぼうに言い、武史は席を立った。 この後、武史のことを話題にしつつ飲むとはわかっていたが、早く家に帰りたかった。 店を出て15分程の道程を歩く。田舎だからか、歩いている人は少ない。 明日は千尋と茶碗を買いにいくついでに動物園に行く約束をしていた。 武史が千尋の気持ちを気付いた時から2週間経った頃、千尋と二人きりで遠出する千載一遇のチャンスが回ってきた。 その時、少しさくらに迷惑をかけたため、しばらく秘密にしておく千尋への気持ちは秀樹だけは知っていた。 だが、今日集まった他のメンバーにもからかわれたということは、武史の気持ちはだだ漏れなのだろう。 (千尋、鈍いけんな) はぁ、とため息をつきつつも千尋が待っている家に向けて歩調を早めた。 ※ パリーン 台所で聞こえた音に武史は慌てて駆けつけた。 「タケちゃん、ごめんなさい。割っちゃった」 申し訳なさそうに武史を見上げて謝る千尋の足元には割れた茶碗があった。 「ええって。ケガないか?」 確認すると、ケガはないようだ。 ホッとし、割れた破片を拾うのを手伝う。 「これ、気に入っていたのになぁ」 隣の町の焼物で出来た茶碗は千尋のお気に入りだった。 白い器に藍色の模様が映え、厚みのあるのが特徴の伝統工芸。 「手にしっくりくるの」 千尋は数ある茶碗の中から、かつては祖母が使っていた茶碗を選んで愛用していた。 「年季入っとったけん、しゃーないわ」 「でも、もう家に同じ焼物のお茶碗ないよ」 残念そうに言う千尋に武史は提案する。 「なら買いに行くか。隣やし、車で行けば一時間くらいやけん」 千尋の目の色が変わった。 「うん!行きたい!」 次の武史の休みに合わせて行くことを決めると、武史はふと思いつきのように千尋に伝える。 「近くに動物園あるんや。ついでに寄るか」 下心がなかったとは言えない。せっかく遠出するのであれば、二人でどこか出掛けたいと思った。 千尋に気付かれないように、さり気なくデートに誘う。 今はまだ、柳田への気持ちが強いということはわかっている。 だから、少しずつ柳田のことを忘れて、自分を選択肢に入れてほしい。 その邪な気持ちを心の奥底にしまい込んだ、表面上はいつも通りの武史の提案に千尋な喜んだ。 「動物園って久しぶりだなぁ。行きたい!」 珍しくはしゃいでいる千尋は、案の定、武史の気持ちに気づかなかった。 「せっかくだから、さくらちゃん達も行けないかなぁ?」 「……どやろなぁ?……平日やしな」 面白くない気持ちを抑えた声は思いの外低く響く。 そんな武史の様子に気付くこともなく、千尋はウキウキと話す。 「さくらちゃんに連絡するね」 「いや、俺がしとくわ」 慌てて千尋を止め、ポケットに入っている携帯を取り出してさくらに電話をかける。 『はーい』 いつもの明るいさくらの声が聞こえてきた。 「おう、さくらか。今時間いいか?」 『いいですよー、どうしたんですか?』 「今度の木曜日やけど空いてるか?」 『木曜日ですかー?んー何とかなりそうですよ、何かあるんですか?』 チラリと千尋を見ると期待した目で武史を見上げてくる。 「さくらちゃん、行けそう?」 小声で武史に囁いてくる。どうやら千尋にはさくらの声が聞こえていないようだ。 魔がさした。罪滅ぼしに詫びを入れる。 「悪い」 『え?』 「そうか、それならしゃーないわ。また次の機会に」 『ちょ、武史せんぱっ』 戸惑うさくらをよそに電話を切る。ついでに電源も落とす。 「……よ、予定あるらしいわ」 嘘をつきなれていない武史は少しどもりながら話す。そんな武史の言葉を疑うことなく信じた千尋は残念そうな表情だ。 「それなら仕方ないね。……今回は二人で行こうか」 そう言って武史に笑顔を見せる千尋に、ホッとする。少し罪悪感はあったが嬉しさの方が勝った。 「掃除機取ってくるわ」 ニヤけそうになる顔を隠しながら掃除機を取りに行ったのだった。
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