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デート1
「昨日楽しみで中々寝れなかったの」
家を出発する際、いつになく弾んだ声で話す千尋。
「遠足前の子どもやなぁ」
そう笑う武史に拗ねたように口を尖らせる。
「いいじゃない。行きたかったんだから」
「そんなに楽しみなんなら、はよ行くか」
そう言い、武史は車に乗り込んだ。
チラリとバックミラーに映る自分の顔を見ると、想像以上に口角が緩んでいる。
(二人きりでよかったわ。秀樹らがおったら、後で散々からかわれるところやった)
内心、想像以上に浮かれていた武史は、千尋の表情を見逃してしまった。
「何で言わんのや」
武史は千尋の背中を擦りながら、声をかける。
「……こんな山道と思わなくて」
車外で深呼吸をしていた千尋が青白い顔をして答える。
車酔いした千尋のために近くの自販機で買った水を渡す。
持参していた酔い止めを水で流し込んだ千尋は一息つく。
「酔いやすいんか?」
「うん。でも今までタケちゃんの運転では酔わなかったから油断していた。……山道だからかな?」
「海沿いの道もあるんやけん、事前に教えてくれとったらなぁ。
自分がしんどいやろが」
その口調が責めるように聞こえたのか、千尋は小声で謝る。
「ごめんなさい。……怒ってる?」
武史は自分気づかなった自分の情けなさも込めた苦笑いをして答える。
「怒っとらんよ。また隠し事か、と思っただけや」
「つっ……ごめんなさい」
穏やかな口調だが、武史の言葉にバツの悪そうな顔で目を逸らした。
「次からはちゃんと言うから」
「是非とも頼むわ」
そう言って武史は水を飲み干した。
30分程、外の空気を吸ったらマシになった様子の千尋を乗せ、山道を走らせる。
助手席の千尋は眠っていた。
「寝よりや。少しは楽になるやろ」
そう言う武史の言葉に甘えたように目を瞑っていた千尋は、いつの間にか規則正しい寝息をたてていた。
起こさないように、またこれ以上酔いがひどくならないように先程より丁寧に運転を続ける。
(顔色良くなってきたな)
町中に入って道が平坦になったからか、それとも薬が聞いてきたのか青白かった頬に赤みが差していた。
(もっと早めに気づけたらよかったけどな)
こっそりとため息をつく。
今まで我慢するのが癖になっていた分、本音を言うのが苦手な千尋。
いつもだったら、僅かな表情の変化で千尋の感情に気づくのだったが、今日は見落としていた。
だが……
(穏やかな寝顔や、安心したわ)
無防備に武史の運転に身を預けて眠りこけている千尋。
同居を始めた時に、居間でうたた寝をしていた時に見た寝顔はどこか苦しそうだった。
時間薬で少しずつ心が癒やされているところもあるのだろう。
最初の時よりも格段に明るくなり、心にもゆとりが持てている様子で生活を楽しんでいる千尋に武史も安心していた。
(ついでに、はよ柳田のことも忘れてくれたらええんやが……。ホンマに惚れとったんやろうな)
時々思い出したように泣く千尋を慰めるうちに柳田のことも詳しくなった。
身長や癖、好きなものや嫌いなもの、一緒に出掛けた場所……。
これらを隠すことなく武史に話すということは、自分は恋愛対象に入っていないことを否応なく自覚させられる。
それでも、一人で真っ赤に目を腫らして泣いている千尋を想像すると、目の前で泣いてくれる方がマシと思い、聞き役に徹していた。
話を聞く限り、そこまで執着するほどいい男ではない。
だが、千尋にとっては初めて全てを捧げた男だ。だからこそ、諦めきれない。
信号待ちをしている時に、そっと寝ている千尋の頭を撫でる。
「俺なら泣かせんわ。一生大事にするけん、ずっと側にいてや」
寝入っている千尋に届かないとわかっていても思わず出てしまう本音。
こんな時にしか言えない自分が情けなく思うが、今言うと千尋が苦しむこともわかっている。
もう少し柳田のことに折り合いがついたなら、その時はキチンと起きている時に気持ちを伝えると決めていた。
武史は目的地までの残り少ない道程を惜しむように車を走らせた。
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