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噂話2
「おぅ、武史!ちーちゃん待っとんやないんか?はよ帰れや」
船を整備している時に漁師仲間に声をかけられる。
苦笑いしつつ返事をした武史は整備を済ませ帰路につく。
千尋と暮らし始めて一週間。千尋の提案で早々に武史の漁師仲間に挨拶をした彼女はすっかり人気者になっていた。
女っ気がなかった武史が連れてきている女性だということで注目されているのもあるだろうが、千尋がブログの最初の記事は武史の仕事がいいと言い、取材したのが功を奏したらしい。
記事を読んだ漁師仲間に千尋は受け入れられていた。
先程のように声をかけられることも多い。
(まぁ千尋のこと、俺の彼女と勘違いしとるみたいやけどな。煩わしい紹介が無くなって助かるが)
千尋と住み始めてパタリと女性の紹介がなくなった。
お世話になっている人達からの紹介なため、無下に断ることもできずにかと言って誰とも付き合う気もなかった武史にとって、今の状態は有難かった。
(だけど、まだまだ噂落ち着くまでには時間掛かりそうやな)
「これが武史が東京から連れてきた人か!やるなぁ」
武史が帰るのを見計らったように友人の秀樹が訪ねてきた。
「小学校からの腐れ縁や」
そう言って秀樹のことを千尋に紹介する。
丁度千尋も休憩を取ろうとしたタイミングだったため、一緒に席につく。
「で、いつ籍入れんの?」
秀樹のセリフに二人してむせる。
「親戚や、千尋は。そんな関係やない」
「えー、だって同棲しとんやろ?噂になっとるで。あの武史に女ができたって」
「同居や、同居!はとこやからおかしくないやろが」
「それなら面白くないやん」
「人で遊ぶなや!」
仲の良さを伺わせるような掛け合いに千尋は笑いが止まらなかった。
「んで、お前何の用や」
武史が秀樹に今日の訪問の理由を尋ねる。
「うちの嫁さんに武史が女性と暮らしてるって聞いたから、千尋ちゃんの顔を見に来たんよ」
「見たんやから帰れや」
「つれないなぁ。あと千尋ちゃんに聞きたいことあってん」
「何をや?」
秀樹は千尋の方を見ながら話し続ける。
「東京からこっちに来るんやから、何か訳有りなんやない?例えばバツイチで子どもがいるとか、不倫していたとか」
「違いますよ」
笑いながら答える千尋だが、一瞬表情が変わったのを武史は見逃さなかった。
「良かったわ。武史はいい奴やから出来ればそんな問題に巻き込まれて欲しくなかったんや」
秀樹は千尋の表情の変化には気づいていないようで、安心したように話し続ける。
「タケちゃん、本当に優しいですよね」
ニコニコと笑いながら千尋はこの町に来た理由を話す。
「私の仕事、元々在宅で出来る仕事ですし。たまたまタケちゃんのお兄さんと大学一緒でずっと交流あって。新しい仕事のチャンスで田舎に行こうかなって言ったら慣れるまでこの家に暮らしたら?と提案されて甘えちゃいました」
笑っているが、どこか他者を拒むような声を出す千尋に気付かれないようにそっと表情を伺う。
(いつもと顔が違うな。…トシが言いよったことはこのことか)
『姉貴は柳田のことバツイチだと信じていたよ』
駅まで送っていった時に俊樹が言っていた言葉を思い出す。
千尋がまだ結婚していないことも子どもがいないことも知っている。
俊樹の言い方で、何となく不倫をしているのだと察してはいた。千尋自身がどの段階で柳田に妻がいることに気づいたのは知らないが、付き合った当初は柳田が独身だと思っていたのだろう。
柳田と不倫関係だったとしたら、俊樹や智史がわざわざ武史に千尋を彼に会わせないように頼んできた理由も分かる。
だとしても、千尋が話すまでは武史は知らないふりをする予定だった。
武史自身も正直千尋との距離を図りかねていたこともある。
(俺に知られたくないこともあるやろうし、言いたくなったら千尋が言うやろ)
武史は敢えて今日の千尋の表情を気付かない振りをすることにした。
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