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<1>平成元年生まれの3人
平成最期の日、世間では10連休の真ん中になるが、賃貸不動産の営業である市脇春平(いちわき しゅんぺい)は、まだ連休に突入しておらず休みは令和に入ってからになる。
平成の終わりを惜しむべく街には人が溢れていた。
春平は平成元年3月15日の早生まれで、中高一貫校に通学していた時に出会った鍛治大一(かじ ひろかず)は平成元年1月15日、国貞進介(くにさだ しんすけ)は平成元年2月15日で、3人が偶然にも早生まれな上に15日が誕生日ということで意気投合し6年間ずっと一緒に過ごしてきた。
高校を卒業するとそれぞれが違う道に進んで行くことになった。
大一は家業の病院を継ぐ為に医大へ、春平は文系の大学へ、進介は母子家庭であり弟と妹の養育費を稼ぐ必要があり、進学はせずそのまま建築系の会社に就職をした。
卒業式の日、大一が
「この先、別々の世界に進んで行って、会えなくなることがあるかもしれないから、どんなことがあっても4月には必ず3人で会おう」
その言葉はあと数時間で平成が終わる今日まで続いていた。
春平がガヤガヤと活気溢れる居酒屋に入ると、店員が元気に「いらっしゃいませ!ご予約のお客様ですか?」
と、聞いてきた。
店内は満席で店員が絶え間なく注文の品を運ぶ姿が見えて、予約が無ければきっと入店できなかっただろう。
大一が、多分この日は予約を取らないと席はないだろうからと、随分前に予約を入れていた。
大一は中学の時から3人の中でリーダー的な存在だった。
計画を立て、迷いなく二人を導いてくれた。
常に先を見据えて引っ張ってくれる大一と、殿(しんがり)で迷いそうになったりする春平を見守ってくれる進介が居てくれたおかげで学生時代も今も楽しく過ごせている。
店員さんに
「鍛治で予約をしてます」と伝えると
「鍛治様、一名様すでにお待ちです。左奥の席になります」
進介は遅くなるとのことだから、大一がもう着いているという事だ、
大一は医大を卒業後、大学病院での研修生を経て今現在は実家が営んでいる病院に勤めている。
木の柵で囲まれた席はちょっとした個室のようで周りの喧騒も緩和され話がしやすいこともあり、この数年はこの居酒屋のこの場所で呑んでいた。
席に着くと大一がにこやかに片手をあげた
「大一久しぶり、進介は少し遅れるって」
「進介は出張?」
「うん、クレーム処理だって」
「進介ならうまくできそうだね」
春平は大一の向かい合わせの席に着くと
店員を呼んで生ビールを注文する。
「大一はまた生オレンジの酎ハイかぁ」
そう春平が言うと、大一は目の前にある絞った後のオレンジがのった絞り器を持ち上げた。
その左手の薬指には銀色に輝く指輪がはめられていた。
「医者の不摂生というか、お酒を飲むときだけでもしっかりビタミンを摂取しておこうとか思ってさ」
「でも、奥さんがいるんだから食事はちゃんと食べいてるだろ」
奥さんという言葉を言うとき、春平はいつもチクリと胸の痛みを覚える。
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