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<4>春平の事情
「はっきりと意識したのは、大一・・君だよ・・・」
「大一のことが好き“だった”んだ。高校を卒業しても、大一と食事をしたり飲んだりするのが楽しくて、ずっとこの関係が続くって思っていた。大人になって変わっていくなんて思ってなかったから。でも、そうじゃなかった。大一が結婚して、現実に目が覚めた。」
大一は春平の話を聞くと、テーブルの上においていた手に力が入る、
きつく握りすぎた手は中手骨の突起部分が白くくっきりと浮き上がっていた。
「俺を・・・・?」
「うん」
「確かに、引くよな・・・。でも、言ってすっきりした。春平への気持ちと俺の現状を言えてよかった」
しつれいしま~す!酎ハイ二つで~す!
店員はそういうと、二人の前それぞれに二つに切ったオレンジの半分と酎ハイのジョッキを置いた。
「このオレンジって、大量に半分に切ったものが容器に入れてあって注文するとランダムで出されるのかな?」
「?」大一は春平の話の意図が読めず目の前に置かれたオレンジの切り口の断面をみる
「別に大したことじゃないけど、丸ごとのオレンジを僕ら2人が注文したことで、半分に切ったのかな?って、」
「なんかさ、二人とももう30歳になるのに、このオレンジのように人として大人として半分だよな~って」
「ああ・・半人前ってことか」
「ごめん・・・大一はお医者さんでしっかりと人の命を助けているもんな」
そういうと、大一は照れ笑いというか苦笑いというか、なんともいえない表情になる
手にもって見つめていたオレンジをおもむろに絞り器に押し付けてグッとねじる。
大一の手元から甘酸っぱい飛沫が飛び一瞬オレンジの皮からでるすこし苦みのあるオイルの匂いも混ざり二人の鼻腔に飛び込んでくる。
春平も大一にならってオレンジを絞り出す
「医者ってさ、たぶん医療とかそういうのは理解して、それを応用してどうすれば最善かを考えることができるけど、誰かを好きとか、その感情をどう表現したり伝えたりすればいいのかということは、うまくできないというか・・俺だけなのかもしれないけど」
絞った果汁を酎ハイのジョッキに入れ、マドラーで軽くかき混ぜてから口中に流し込むと口から鼻にかけてすっとさわやかな香りが抜けていった。
「やっぱり半人前ってことか」
そう言って二人で笑っていると
注文したものが次々と届いた。
春平が野菜スティックの中からニンジンを一本抜き取り、添えられているマヨネーズを少しつけてカリっと齧ると口の中に人参のほんのりとした甘みとマヨネーズの酸味が広がる。
大一もセロリを抜き取り一口食べると手元の取り皿に残りを置いた。
「春平・・・・今更なのはわかってるけど」
「俺とつきあってくれないか」
ニンジンを口に運ぶ途中で、動きがとまる。
大一と春平の視線が絡む。
「どうだろう?」
この言葉が3年前だったらどんなにうれしかっただろう。
高校生のときから、勉強もスポーツもできて、いつも僕や進介をまとめて引っ張ってくれた、そんな大一にあこがれ、恋心を抱いていた。
でも、もうあの頃とは違う
「今、恋人がいる」
大一の顔から微笑みが消える
「それは・・・」
「男だよ・・」
「その人とは、長いの?」
「・・・・3年前から」
大一はハッとして「俺の・・・」
「そう、大一が結婚した時から」
大一は脱力してつぶやく
「俺は、いろいろと間違えてしまったんだな・・俺が結婚しなければ」
大一の結婚パーティの日、
微笑みの仮面をつけて結婚パーティにでた。何も考えず、何も感じないようにただひたすら微笑みをはりつけてパーティが終わるのを待った。
心が痛くて、ぎしぎしと軋む胸からどす黒い何かを垂れ流しながら座っていた。
あの時から、恋人といても、心の片隅に痛みとして大一への想いが残っていた。
でも・・・・
もう、終わりにできる。
僕はきちんと自分の気持ちを整理することができる。
「今日は平成最後の日、僕たちもこれで最後にしないか?」
「え?」
「年に一度会う、この会を今日で最後にしよう」
「それは・・・」大一が何かを言おうとしたときに
店員さんが鍛冶様のお席はこちらです。という声が聞こえてきて
そのあとにすぐ
「悪い、遅くなった」
入って来たのは、大一、春平二人よりもさらに背が高く、ほどよく日焼けした進介だった。
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