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「もぉ~6時間30分するぅ~と~、お~正月ぅ~」
バイトは今日が今年最後だった。
いつもは夜からシフトいれてるけど、大晦日の今日は変更してもらった。
夕食前の小腹埋めに買った肉まんを振り回しながらこんな替え歌なんか口ずさんじゃうほど俺はご機嫌だった。だって、今晩からは楽しい事しか待ってないんだ!
が、そんな俺とは対照的に、後ろからついてくるヤツだけは、ずっと浮かない顔をしていた。
コイツの名前はタツオ。俺と同い年の幼馴染で、ぶっちゃけると俺の恋人だ。
「なータツオ。今年はお湯持ってくんのお前でいいだろ。去年は俺持ってきたんだし。あーあと、酒はなに飲む? 俺店から処分されそうだったクリスマスの売れ残りのワイン持ってきたんだけど、やっぱそれだけじゃ足りないだろ?ビールと酎ハイと…あとツマミも…」
と、ポケットからしわしわになったメモ用紙を取り出して再確認をする。
毎年の大晦日、俺とタツオは秘密の場所に行ってそこで新年を迎える。
毛布とワンセグテレビ持ってきて酒飲んで、締めはカップめんで年越しそばを食べる。毎年の定番スタイルだけど、ずっと前からやってたからこれをやらないと年を越せねぇ気がするんだ。
「しっかし今日は寒いなぁ~。今夜もしかしたら雪降るかも知れねぇから着込んでった方がいいかもな。そういやお前ん家、電池式の電気ストーブなかったっけ?あれ持って来てよ。なぁ。…なぁ、タツオ。…タツオ!!」
「…んあ!?」
「お前…さっきからずーっとぼーっとしてっけど、俺の話聞いてたのかぁ!?」
「ん、…ああ聞いてたよ、ユキトの話。―――…ゴメンなんだっけ?」
はぁ!? と俺は呆れかえる。
なんかさっきからぼけら、っとして上の空だったけど、やっぱ俺の話右から左だったんだな!
っていうーか。
今日に限らず、ここ数日のタツオはなんかおかしかった。
元気だけが取り得のクセにやけに塞ぎこんで、頭悪ぃくせに(俺もだが)何か真剣に悩んでいるような隠しているような。
「タツオ、お前さぁ」
俺はくるりと180度振り返ると、俺より少し高い位置にあるその顔を睨み見た。
「なんか俺に黙ってることあるだろ」
「ぎくぅ…! …ってんなもんないよ!」
「ぎくぅ、とか言っときながらシラきるな!―――言えよ。俺に隠し事なんかするんじゃねぇ」
タツオは黙ってれば割とかっこいい顔をしかめると、迷うように押し黙った。
が、観念したようにはぁ、と溜息をつくと、ダウンジャケットのポケットに手をつっこんで、低い声でポソリと言った。
「…俺、転校するみたいなんだ」
※
俺とタツオの出会いは今から12年前に遡る。
5歳の時だ。幼稚園が一緒でお袋同士が仲良くなったから俺達も仲良くなった、っていうありがちなパターン。
でも俺とタツオは意気投合しまくっちゃって大の仲良しになった。
どこに行くんでも何するんでもいつも一緒。小中と一緒で同じくらい馬鹿だったから高校も一緒のトコ通ってる。
人並みにお年頃になって人並みに学校生活送ってたのはいいんだけど、意気投合し過ぎて恋愛感情にまで発展しちゃった、ってのはちょっと人並みとは言えないかもな。まぁぶっちゃけ最初は悩んだけど、今はどうでも良くなってきた。だって好きって気持ちに嘘はないから。
タツオと一緒にいれてマジ幸せなんだ。
これまでもずっと一緒でホント幸せだった。だからこれからもずっと一緒にいたいんだ。ずっと一緒にいるって考えたら、すげー幸せな気持ちになれるんだ。俺、ヤバイくらいタツオの事好きなんだよね。
それが―――だ。
転校?
転校だと? しかもどこだってアメリカ?
親父の仕事の関係だと? ふざけんな、いっぱしにヤローにつっこむ事までやっときながら、親の都合に従って小学生のガキみたく大人しく遠くについて行くってのか、俺を置いて、置いてけぼりにして。ふざけんじゃねぇ、マジふざけんじゃねぇ。
怒りに任せてぶん殴ってきた俺に怒る事もせず、タツオはただ一言ゴメン、とだけ言うとそれきりだった。
家を出てひとりで暮らせ、だの下宿しろ、だの俺の家に住みつけ、だの…色々言いたい事はあったが無理な話だとは解かっていたので口には出せなかった。だって解かってたからな。しょせん、俺達はガキでしか過ぎなくて、親の助けなしでは何も出来ないって事くらい。
代わりに涙が噴き出しそうになったが懸命に堪えた。だってタツオのほうが今にも泣き出しそうな情けない顔してたからだ。
俺はやり場のない苛立ちに突き動かされるままタツオの頬をもう一発ぶん殴ると、その場を走り去っていった。
※
そして、今に至る。
部屋に戻るなり、俺はベットに突っ伏して泣きじゃくった。
いつの間にか寝ちゃってて、目覚ましたのは、トン…トン…という窓を打つ音が聞こえたからだった。
外を見れば、タツオが立っていた。
俺が顔出すなりニカっと嬉しそうに破顔する。その笑顔にムカついて顔を引っ込めようとしたが、タツオが両手に持っていたビニール袋をぶんぶんと振って、
「年越しー! 行こー!! まだ時間あるよー! 年越しー! そばー!」
と、いつまでも大声で喚きやがるもんだから、ご近所と家族に配慮して仕方がなく出て行く事にした。
「なぁ、やっぱ怒ってる? ユキト」
「…たりめぇだろ」
とぼとぼ、といつもの場所へと続く夜道を歩く最中、タツオがおずおずと話しかけてきた。
「なんで今日まで黙ってたんだよ」
せっかくの大晦日なのに、このヘビーな気持ちはどうだ。この日はウキウキした事しかなかったのに、こんな大晦日初めてで、イヤんなる。
「だって、言い出しにくかったんだよ。ユキトが怒ると思って…」
遅ければ遅いほど怒り度が増す事は考えなかったのか、こいつは。
秘密の場所は、町内の小高い丘にある神社の奥にある。林になっているそこをしばらく進むと現れる一軒の小屋がそれだった。
小屋って言っても半分崩れかけているんだけど、雨風をしのぐくらいは出来るので、使いようによってはなかなか快適だった。それに何より眺めが抜群なんだ。丘の一番上にあるから、そこから町内を見渡せるし、夜は澄んだ夜空をふたり占めできる。夏は花火大会の特等席になったし、冬は隣の神社の鐘を聞きながら、初詣に繰り出す人々の動きをのんびり眺めて過ごすんだ。
小屋についてテレビをつけたら、もう紅白では「蛍の光」が歌われててクライマックスを迎えていた。
「そば、食う?」
タツオがビニール袋をガサガサしだした。夕飯食ってなかった俺は、大人しくコックリうなづいた。
お湯をそそいで待っていると「ゆく年くる年」が始まり、毎度お馴染みの暗くて地味ぃな画像と音声が流れてきた。暗い雰囲気の今の俺たちにピッタリな気がして、鬱な気持ちはピークに達しようとしていた。
「寒いな…」
つぶやくなり、タツオが俺の肩を抱き寄せてきた。包まっていた毛布の下から温もりが伝わってきて、俺はいっそう泣き出したい気分に襲われた。
『今年の干支は卯でしたが、来年は辰となります―――」
しんみりとしたアナウンサーがそんな事を言ってきた。するとタツオがポツリと呟いた。
「ユキトの年も、もう終わりかー」
は?と一瞬思った。けど、ああそういう事か。
俺の名前は雪兎。タツオは竜雄。偶然にも今年と来年の干支が名前に入ってるわけだ。
今夜は年が替わる日。卯と辰がバトンタッチをする日。
1年に1回、うさぎとたつが会える日なんだ。ほんのちょっとの間の出会いを経て、またすぐお別れしてしまう日。
次に会うのは12支が一周する12年後。
(12年…)
そういや。
タツオと知り合ったのも今から12年前だった。
そして12年経った今、タツオは遠くへ行こうとしている…。
そしたら…次会えるのは12年後…なのだろうか…。
「はっは」
俺は急に噴き出した。
干支と俺達を重ねちまうおセンチな自分が笑えたからだ。
「アラサーか」
が、タツオはそんな俺を気にする事もなく、また急にヘンな事を呟きだした。
「29か」
「は? 何がだよ」
「17たす12って29だろ」
「ん、ああ」
「俺たち、12年経ったら29歳になってるんだな」
「…」
もしかしてタツオも同じ事考えてた?
「29になった俺たちって、どんなんかなぁ」
「…さぁな」
29なんて。
俺達まだ17年しか生きてないんだぞ。29なんて、もう立派な大人じゃねぇか。きっと、たぶん、仕事ふつーにしてて、スーツきて満員電車揺られてて、んで結婚…とかしちゃってたりして、子供もかわいい盛りでがんばるぞーとか思っちゃったりとかしてて、それで…。
胸が急に苦しくなって、俺は想像するのをやめた。
ありきたりな将来。みんな過ごしてそうな将来。でも違う。こんなの違う。
そのビジョンの中心には、タツオがいなければ―――。
「行くなよタツオ…アメリカなんて行くなよ…」
俺はタツオの冷たい手を強く握った。
今までずっと一緒だったのに、これからもずっと一緒だと思ってたのに。
急にお別れなんて受け入れられない。
「ユキト…」
タツオは握ってきた俺の手を引き寄せると、俺の身体を抱きしめた。
「俺だってヤだよ。ユキトと離れるなんて…。耐えらんねぇよ、俺ユキトいないとダメだもん…」
俺、絶対会いに行くから…。
「例え地球の裏側行っちゃったって、俺絶対ユキトに会いに行くから」
そう囁いてくるタツオに、俺は涙声になるのを誤魔化すかのようにつっけんどんに言い放った。
「は。12年後に、とか言ったらぶん殴るぞ」
「ちげぇよ、出来るだけ早くだよ。1人ででも日本帰ってきて、必ずお前に会いに行く。絶対だ。絶対―――」
ゴーン…と、除夜の鐘が鳴り響いた。
今年は行っちまった。…でも、俺たちはけして離れない。
「ふ…っん…」
タツオの唇が重なってきて俺はぎゅっと目を閉じた。
舌が入り込んできて、俺の舌を絡めとっていく。吸い上げられるごとに甘い痺れが身体の奥底から沸き起こってきて、
「んぁ…ふっ…ん…」
甘い声が漏れ出てしまうのを抑える事が出来なかった。
いつしか身体はぴりぴりに敏感になっている。ああもうキスしかしてないのに…。
タツオの冷えきった手がセーターの下に入り込んできて、俺はびくりと震えた。まるで氷に肌が撫でられているみたいで、なんかヘンなプレイみたいだ…。
腰からゆっくり手が撫で上がり、指先が乳首にツンと触れた。思わず上擦った声を上げてしまって、俺のそこはもうびんびんに勃ってしまっているんだ、と気付かされる。
そんな指で弄られたら、きっとすげぇつらい―――…そう思った途端、指先がコリコリと俺のそこを押し潰してきた。
「っア、あ…! ん、ア…」
声が押さえらんない…。
どうしようもなくて唇に指を押し当てたら、タツオの唇が仰け反った俺の首筋に吸い付いてきた。
「好きだよ、ユキト…」
首筋から低い声が響いてくる。
俺はぎゅうとタツオを抱き締めた。泣きそうになるのを堪えるために。
毛布の下で、タツオの手がゆっくりと移動していくのがわかった。持ってきた小さなガスランプの光で陰影ができたその盛り上がりは、俺の下の衣服をくつろげる動きを見せ始めた。
ひどくエロい気分に意識を蕩けさせながら、その様子を見つめる。
「あ…ぁ」
高ぶるそこを、今はほんのりと温かくなったタツオの手がそっと撫でる。下着の中に入り込んできて、優しく包んできた。
思わず目を閉じ、息を漏らすと、タツオの唇が重なってきた。舌で歯列をなぞられ、きゅうと胸が疼いたのと同時に、上下の動きが始まった。
「っん…く…っは…」
漏れ出る声は、唇に吸収されてしまう。
思わず上がった手も、捕らわれてしまう。そのまま…タツオの下半身にまで持っていかれる。
そこも、すごく大きくなっている。
窮屈そうにしているのを解放してやると、硬く膨張しきったそれが待ちかねたように姿を現した。
眉根を寄せて思わずタツオを見つめると、タツオはいたずらっ子のよう微笑を浮かべて俺を見つめてきた。
「ここでするの…初めてだな」
「…うん」
こんな場所にあるこんなボロ小屋、よく今まで残っていたと思う。
いつもふたりでここにいた。夏はアイス買って涼みながら食って、冬は流星群なんか見に来たりもした。そして今夜もこうしてタツオとふたりっきりで―――。
「っあ…はっ…あ、あ…!」
タツオを感じている。
身体一杯、奥の奥まで、タツオを感じている。
白い息がふたつ、不規則に夜空に昇る。
今夜は本当に寒い。でも、タツオとこうして繋がっていたら、そんなのは全然気にならない。
幸せだ。
「タツオ…タツ…オ…!」
このまま時間が止まってくれたら―――。
「タツオ…もっとぉ…いっぱい突いて…! もっといっぱいキモチよくして…タツオぉ…」
俺は必死にその身体にしがみついて、狂っていた。
ずっと堪えていた涙は、どうしようもない快感と高まりきった感情の飽和のせいで、俺の目からいつまでもいつまでも止まらずに込み上げ続けた。
除夜の鐘は煩悩を取り去ってくれるらしいけど。
俺たちは途方も無い欲情と経ち難い思慕の想いにまみれながら、鐘が鳴り終わってもずっと、ずっと肌を重ね合わせていた―――。
※
その後はすっかりのびきった…ちゅーか半分凍ったカップめんの年越しそばを食べて家に帰った。
目覚ました頃はもう昼いってて、ぼーっとして部屋を出ると居間に客が来ていた。
「あらぁ、ユキトくん新年早々朝寝坊!?」
タツオの母さんだった。新年早々、お節料理を持参してダベりに来たらしい。
「って言ってもうちのタツオもまだ夢の中だったけどねー。はぁ、いいわねぇ主婦は大忙しだってのに」
ほんとよねぇ、と母さんも深々と頷きながらお節料理を頬張る。
このふたりの茶飲み談義も、もう少ししたら出来なくなるんだろうな。
「あの、そういや…タツオから聞いたんですけど、転勤するんですよね…?」
「あらぁ、そうだったのぉ?」
俺の問いかけに素っ頓狂な声を上げたのは母さんだった。
「そうなのよぉ。なんか急に決まっちゃって」
母さんは意外な事に知らなかったみたいだ。こんなに仲がいいのにアメリカ転勤の事なんで知らねぇんだ??
「でも転勤って言っても、すぐ隣町の支店へなんだけどね」
へ?
耳を疑った。え、隣町って…。
「だって…アメリカ行くんじゃないんすか?だってタツオが…転勤するって」
「ええアメリカぁ!?」
タツオの母さんはいきなしゲラゲラ笑い出した。
「うちの会社、アメリカに支店出すほどデカい会社じゃないわよぉ!アメリカぁ?ああきっと、タツオったら米国を勘違いしたのねぇ…」
ああもうホントに馬鹿ねぇ…と額に手をやると、タツオの母さんは笑顔で俺を見た。
「転勤なんかしないわよ。うちの旦那が今度行くのは隣町の米国支店よ。べいこく、じゃなくてよねくに」
「あらぁ、じゃあ引越しとかせずにすんでよかったわねぇ!また今年もお茶飲み出来るわね!」
「ええ! 今年もよろしくね」
と言う母親達のノンキな会話を最後まで聞く事無く、俺は家を飛び出し元日の晴れ渡った空の下を走っていた。
あんのバカタツオぉおお!ぜってぇぶっ殺す!!!
今すぐあのバカ野郎を殴り倒したい気持ちでいっぱいだった―――が、悲しいかな、その脚は自然と弾んでしまうのだった。
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