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絶走/その12
予感
イノシシとチビ両先輩による絶妙の”問題提議”に、静人は言葉が出なかった。
「そこで、この武次郎さんのグループが力になってくれるってことだよ。こちらのグループは、相和会と対抗する関東の全国組織でも有力のある組長さんと深いパイプを持たれててな、あくまでやくざのフレーム外から俺たちの側でいてくれるそうなんだ」
「おい、パイプじゃねえ。パートナーシップだ。間違えるな」
「ああ、すいません…」
”なんか凄いことになってきてる…”
混乱した頭ではあったが、これだけは言えるとの結論に達し、静人は鳥肌を立てていた。
...
「ボウズ、難しく考えるな。お前は相和会やその他の誰だかが寄ってきたら、俺たちに報告すればいいんだ。万事、うまくやったる。いいな?」
「はい…。あのう、ひとつ聞いてもいいですか?」
「ああ、なんだ?」
「先ほど、相和会の跡目争いとかって言われてましたが、確か噂では建田とかいう幹部が2代目に決まったって…。なのに、またすぐにそういうことが起こるっていうんですか?」
「ふふ…、ボウズ、なかなかいい質問だ。同じ高校中退でも、この二人とは頭の出来が違うようだな。いいか、”一波乱”は必ず起こる。それがどの程度かはわからんが、そのきっかけが先日のファミレスと見てる。フン、俺らにはコアな情報を下ろしてくれるんでな。”最先端”にいるんだ、俺らとパートナーは」
武次郎の口調はやや威圧的ながら、静人には丁寧な説明を意識している様子が覗えた。そのことは静人自身にも伝わっていた。
...
「…その視線の”向かう処”が相和会ってことになる。それと、あの本郷ってガキだ。あいつはこれからの展開で、南玉連合の元アタマどこの存在じゃなくなる。さっき言った外部からの接触はこの本郷も含めてだ。むしろ病院と警察から戻って、本郷が仮にお前と接触する局面が生じれば、俺たちの関心事となる。このことを忘れるな」
「はい…」
静人はとりあえず返事をした。はっきり言って、わからないことだらけだ。でもその一方で、漠然とした予感があった。麻衣とはこのままで終わることはなさそうだ…。それは予感というより、静人からしたら一種の”願望”だったのかもしれない。
...
本郷麻の噂、正確には彼女を取り巻く周辺のということになるが、それはその後も途絶えることはなかった。かえって時を追うに従って量も増し、何よりもその内容の衝撃度が強まっていった。
「いやあ、武次郎さんの言った通りになりましたね。2代目はお縄で失脚、武闘派の幹部がすんなり3代目に着いちゃいましたよ。この後はどうなるんすかね?」
「お前ら、少しは自分のアタマで考える癖つけろ。まあ、相和会内部は矢島3代目体制で進む。疾走…、いやいや、猛疾走するよ。お前らには見えんだろうが、関西にすり寄って関東と強く構えにきてる。この方向性だぞ、奴らの基本路線は」
「でも、直近の噂じゃあ、相和会を含めた東西双方との取り決めというか協定みたいなのを定めてとかってことですが…」
静人の問いかけに、武次郎はいつものようにニヤリとしてから答えた。
「それな…、かりそめだ。本当の合意は、まだその先ってことになるだろう。その行先を左右するのが俺らとそのパートナーの動きってことになる。もっと言えば、対峙するのは相和会とその”周辺”だ」
「あのう、たまには俺も質問いいですか?”その周辺”っていうのは具体的にはどんな連中を指してるんですかね?」
「おお、さすがにイノシシより小柄だけあって、血のめぐりはチビの方がマシのようだな」
武次郎の嫌味でイノシシは思わず下を向いてしまった。褒められたチビの先輩はやや自慢げな表情だったが、静人はイノシシが俯いて小さくなってる姿にちょっと同情した。彼の本音としては同じ中退の先輩でも、チビよりもイノシシの方に好感を抱いていたのだ。
...
「周辺ってのはな、この都県境の女どもだ。南玉、レッドドッグス、紅組とそのOG、それにフリー、愚連隊連中の囲ってるやんちゃなねーちゃんらだな。そして、極めつけが本郷麻衣ってことになる。ええと、近々出回ることだし、お前らにはビッグニュースをやるか」
そのビッグニュースを聞いた中退3人組は仰天した。だが、静人のそれは他の二人とは次元が違った。
「本郷麻衣が、相和会の幹部と婚約ですか!…あの女、そこまでしちゃうんですか…」
「そのお相手、相和会幹部の序列では下の方だ。だがな、撲殺男と言われる武闘派の代表格でよう。特に関西では有名で勇名をはせてるんだ」
イノシシとチビは珍しくシャレっぽい言い回しを使った武次郎におべっかを使って愛想笑いをしていたが、静人は依然、真顔で固まっていた…
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