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絶走/その15
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「…私は極道もん、それもハンパなく業界からも怖れられてる男と結婚する。言うまでもなく心から愛してるし、彼もね」
静人は麻衣の直言には、明らかに戸惑っていた。たった今、あんなに優しい気遣いをの言葉をくれた子の同じ口からは、”こんな”言葉も飛び出るのか…。この時点での彼は、驚きの二文字以外受け入れられなかった。
「…あんただって、あの日から私のことはいろいろと耳にしただろうから、だいたいは知ってはずだ。要は、相和会自体の動きにも深く関与してるんだ。実際、もう組の人間だよ、私は。だから、忘れるんだ。いいな」
「…オレ、そんな簡単に忘れられない。無理だって。…あれ以来、オレの頭と心は本郷麻衣が占領したんだ。やくざの幹部の奥さんになろうが、イカレた凶暴な女だろうが、好きなんだよ。もうメロメロだって…」
静人はすでに肩で息をしながら、瞳孔は開きパニック状態寸前の様子だった。
しかし麻衣は、動揺も同情する素振りも見せず、さらに厳しい言葉を発した。
「人間、簡単に無理とかって言葉は出すもんじゃないって。私のこと好きになんかになっても、なんら心は動かないよ。どんなに苦しくとも、私のことは金輪際忘れろ」
さすがに静人も取り付く島がないことは分かっていた。わかってはいるが、それでも”それ”が無理なんだ…。
”情けない…。なんて弱い人間んだ、このオレは…”
パニックに陥るギリギリのところを抑えているのは、かろうじて自分を認める思考が働いている故だったのだろう。静人は下を向いて、唇を噛み必死に涙を堪えていた。
...
「自分を弱い人間だと認めてるんだな、あんた…」
「キミは人の心が見えるのかよ!」
静人は、俯いたままで弱々しいその言葉を麻衣にぶつけた。
「…弱い自分を認める行為は、強い心がないとできないことだろ。私は物心ついてから、弱い自分を毎日追い出しながら生きてるんだよ。でもさあ、追い払ってもすぐに居座ってるんだ、そいつは。おそらく一生、死ぬまでそいつと向き合うことになるさ。程度の差はあれ、人間は皆そういうものと付き合っていかなきゃ生きていけない。頑張れ、静人。…たぶん、ろくでもない連中とは切れてないだろうけど、焦らなくていいから今の必死で自分と向き合った気持ちを大事にして、前に踏み出せ」
「やれるだけはやってみる…」
「よし、じゃあ、最後だから写真撮ろう。でも三脚ないからセルフでね」
「…」
麻衣の思わぬ言葉に、静人はあっけにとられていた。
麻衣はバイクからカメラを取り出し、ベンチで静人とぴったり体を密着させシャッターを切った。右腕を限界まで伸ばしての自己撮りだった。
「写真は自宅に送るわ。うまく撮れてないかもしれないから、あしからずだけど(苦笑)。なら私は行くぞ。優しい言葉もかけられなくて私も辛いが、傷の舐め合いなんかでごまかしたって何の解決にもならない。私はそう念じて生きるよ。じゃあな…」
麻衣はバイクのエンジンをかけ、その場を去って行ったが、静人の心と頭の中からは立ち去ってくれなかった。ふと目の前の絶景を見渡すと、まだ夕暮れには早いのに、さっき麻衣と話を始めた時には視界に入らなかった”闇”が割り込んでいた…。
”いや、最初から闇はあったさ。闇として見なかっただけさ…”
静人のその心のつぶやきは、なぜか弱々しくはなかった
...
静人が展望公園で麻衣と会う3日前、武次郎はイノシシをK市郊外の喫茶店に呼び出していた。
「…よし、中野はそのまま会わせてやれ。まずはな」
「武次郎さん、それでいいんっすか?静人はことあの女に関しては、そちらの言うとおり協力はしませんよ」
「ああ、わかってる。ふふ…、あのボウズ、相当のお熱なんだろう、あのイカレ娘に?なら、いいさ。その後でよう(薄笑)」
「はあ…」
「麻衣と会った後、そうだな…、その日はそのままにして、翌日だな。俺が話をしよう。お前は余計なことは言わず、ボウズをこの店に連れてこい」
「わかりました…」
「それと、あらかじめ聞いておくが、お前はあの娘に何を望む?体か?」
「ええ、まあ…。あの女は、”あの日”にヤラせるって言ってたんです。それがあの野郎、あんなワナを仕掛けやがって、こっちまでサツに連れて行かれて…。まあ、すぐに出られましたけど。憎たらしい女だ!ぜひ、あの女を犯したいっすよ。でも、武次郎さん、失礼ですけどあの女にそんなことしたら、相和会が黙ってる訳ないでしょう」
「だろうな、ふふ…。まあ、お前の希望は踏まえたってだけだ。いずれにしろ、中野が麻衣と会った後だ」
イノシシは武次郎が何を企んでいるのかはわからなかったが、麻衣の体を奪いたい…、その欲望に再び火がついたことだけは、はっきり自覚していた。
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