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絶走/その3
依頼
「後からわかったそうです。そこのバイト辞めてから、いろいろ耳にして…。まず、ジャッカル・ニャンの経営者だか張り付いてる人たちがヤバい連中だと知って。それから、その人たちと対決姿勢を取ってるのが元南玉連合の人らしいと…。なにしろ、ここんところは”そういう感じ”の噂はこの辺りではよく流れていて、私も頻繁に耳にしていましたし」
麻衣は思わず苦笑した。それら”噂”は、そもそもこっちから情報誘導してこしらえていたんだと考えると、ちょっとおかしかったのだ。
「…U子もあの時の少女が今度、相和会の幹部と婚約した本郷麻衣という人だったって、自然と結論に行き着いたんですよ。噂話と自分の目にしたことを継ぎ合せて…。そこで、今のトラブルを本郷さんに相談して解決してもらえないかと考えたんですが、直接あなたと接したことが奴らに知れて、危害を加えられることを恐れて、私が代わりに会った来て欲しいと言うことになったんです」
「うん、そこまでは分かった。で、私がこの店やってるのはどこで知ったの?」
「はい。私の弟がここのお店の常連さんの弟と友だちで、そこの又聞きで繋がったんです。ここの若いママさんは”豹子”を名乗ってるってこと、巷に流れている噂話で、相和会の亡くなった相馬会長と血が繋がってると言われている”相馬豹子”と南玉の元リーダー、本郷麻衣は同一人物らしいとか…。それぞれが結びついてきて。そして私の弟も、本郷麻衣さんとしてのあなたと会ってるようなこと言ってましたので、以前から…。それら全部を照らし合わせたら、この結論に至った訳です」
麻衣のその質問に好美は笑顔を浮かべて答えていたが、一方の麻衣はちょっとあっけにとられていた。ここまで噂とか自分の行動が複雑に絡み合い、巡り巡ってこんなことって…と、そう思うにつけ、正直、驚いていたのだ。
「人の噂って怖いねえ(苦笑)」
思わず麻衣の口からこぼれたこの言葉は、痛感するホンネであると同時に、自らに向けた皮肉も込められていた。
...
”いけねえ…、ここでやっておくことがあるんだわ”…、麻衣はミカがいつも口にしていた”指南”を思い出していた。それは、以前に接触のあった人物が”再登場”した際の言わばチェックと、そこから派生したニューカマーを麻衣の相関図に組み込み、更新することだった。
「それでさ、あなたの弟君、私と会ったっていうことだけど中野って名字の男の子、記憶にはないんだ。でさあ、下の名はなんていうの?」
「静人です」
”静人だって…!”
麻衣は心中でその名を叫んだ。”あの時のヤツに違いない…”麻衣は瞬時にそう確信していた。
「そう…、あとでよく思い出してみるわ。それと弟君の友達のお兄さん、ヒールズの常連さんだそうだからボトルキープしてるかもね」
麻衣は、もう一人についてはストレートに尋ねずに、遠回しにアプローチした。
「そうですね…。その人、名字は斉藤で、下はええと…、秀雄です。確か…」
「斉藤さんなら、馴染みは二人いるわ。ともに原則おひとり様だから、ボトルはご本人名義よ。でもどっちも名字じゃなったな。ニックネームとかで書かれたいたわね。ちょっと待ってて」
そう言って、麻衣はイスから立ち上がるとカウンター内に入り、キープボトルが並ぶ棚から2本のボトルを掴み取った。そしてネーム側を向けて好美の目の前に置いた。
その2本のキープボトルには、それぞれ”コンボイ”、”ひでりん”の文字が黒マジックで書かれていた。
「ああ、こっちですよ。そのお兄さん、”ひでりん”って呼ばれてたのを弟から聞いてましたから」
...
ここで麻衣は頭の中を整理してみた。
”この好美という子から今聞いた範囲では、実在の人物かつ事実だったと見ていいだろう。もうひとつ、ここへ来るまでの経緯で、静人とひでりんが果たして作為および悪意を持っていたかどうか…。まず、ひでりんの方はその疑いが極めて低い。一方の静人はその両方を有している可能性は否定できない。正確には、それらを有する理由と動機を持ち得るということだ。”あの時”の出来事を思い出せば…。しかし、今はその断定まではできない”
麻衣のこういった分析は恐ろしく早い。しかもカンの鋭さと優れた洞察力によってその精度は極めて高かった。
「じゃあ、U子って人の相談だか依頼になるのか、そのトラブルっての詳しい話を聞かせてもらうよ」
好美はU子の直面しているトラブルについて語り始めた。その骨子は結局のところ、言いがかりをつけられて脅迫を受けているということだった。
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