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絶走/その4
いきさつ
「U子はバイト辞めたあと、その男から難癖をつけられました。ジャッカル・ニャンは犯罪組織に雇われたいかがわしい連中が店を運営している。ライバル店に嫌がらせして常連客を奪った。そして、汚いやり口でお客を騙したりしているので、いずれ警察に摘発される。その前に店を辞めたとか、あることないことを周囲に吹聴しただろうと迫られたそうです」
麻衣は冷静に好美の話に耳を傾けていたが、好美はやや感情をこめた語り口だった。しかし、麻衣にはそのいきさつのシーンが生々しく目に浮かぶほどリアルに伝わっていた。
「…そのおかげで、客足が激減してオーナーはクビになり、店を任されてたその男たちは責任を取らされ、お払い箱にされた。さあ、どうしてくれるんだと言ってきたんです」
”脅迫した男が大打グループであることは間違いがないが、大打兄弟がどの程度関与しているのか…”、麻衣はこの依頼を引き受ける場合、この点がどのようなアクションに出るかの判断基準になるだろうと考えていた。
...
「それでさ、そいつは一体何を要求してきてるの?」
麻衣はズバリ聞いた。
「それが、具体的には言わないそうなんです。U子も自分からはじゃあ何を望んでるとかって安易に尋ねれば、かえって相手の難癖を認めたと思われちゃうことを恐れてるから、あえて要求は聞いていないんです」
「じゃあ、この落とし前どうしてくれるんだって、定期的に繰り返してるって訳だ、今も」
「そうです。それで、連中とは真っ向から挑んで退散させちゃった麻衣さんに力になってもらえないかって…。これが彼女からの伝言になります」
「…これ、警察に話したら?」
麻衣はあえて試してみた。なぜ自分にたどり着いたかは、とても重要なポイントになる。U子とこの好美は善意でこの決断に至ってたしても、”間”に携わった人間が何らかの思惑を抱いているってことは十分あり得る…。それは、麻衣自身に向けた気持ちでもあった。
「それ、考えたそうです。今度同じこと言ってきたら録音して、具体的な要求を引き出そうと。そうすれば、立派な脅迫行為の証拠になることはU子も知っていますし。でも、勇気が出ないそうです。恐いって。私も一緒にそいつとのやり取りの場に同行する度胸はありません。友情はあるけど、やっぱり恐いんです。自分たちがそう言う気持ちなら、他の人に相談したり頼んでも普通の人は誰だって恐い気持ちになるよねって。そんなふうに思い込んじゃって…。それで結局は…」
好美の思いは麻衣に強く届いた。なぜか、素直にそっくり言ってることが理解でき、二人の気持ちが汲み取れたのだ。この二人は正直に、善意に従って私に接している…。麻衣はそう感じ取っていた。
「わかった。U子さんに会うよ。そんで、直にもう一度話を聞かせてもらう。そうだな、ここに来てもらって、あんたも立ち会って欲しいな。あと弟君には、私が今日そう言ってたって、そのまま伝えてくれる?」
「はい!麻衣さん、ぜひお願いします。お礼はちゃんとしますので…」
「はは、そんなのはいいって。じゃあ、連絡待ってる」
...
その翌日、U子と好美は二人で再びヒールズを訪れた。U子はやはり、麻衣がジャッカル・ニャンオープンの日、声をかけたその店員の子だった。
「…よし、話はよくわかった。この件引き受けるよ」
ボックス席で隣り合って座っていた二人は、顔を見合わせて、”よかったね”を笑顔で交わし、麻衣には丁重に感謝の言葉を繰り返した。
「但し、解決手段は私に任せてもらうよ。組み立てを考えて今夜連絡する」
麻衣がU子からもコトのいきさつを再確認して、好美から聞いてることとの食い違いもなく、U子自身、裏表を使い分けることなど無縁の素直な少女だとその目で確かめられた以上、断る理由はなかった。あくまで、二人に限ってだが…。麻衣はしっかり自分への”念押し”も怠らなかった。
...
その日の夜、ヒールズから剣崎に電話し、麻衣は今回の件を報告していた。
「…そういう訳なんで、私はそいつと接触して話をつけようと思ってます。なので、大打と再度向き合う可能性も出てきましたので、あらかじめ承知しといてもらいたいんですが…」
「ああ、今までお前がやってきたことからすれば、こういった展開は想定していたし、これからも避けられんだろう。で、実際どう出るんだ?」
麻衣は間をおかず即答した。
「もうオーソドックスで行こうかと。U子にそいつと会う段取り取らせて、そこに私が代理人を依頼されたってことで行ってきます。一人で。後はいつものセオリーでこっちの主張を突き付ける。その際、向こうの様子伺って、大打とその弟武次郎が関与しているかを探ります」
麻衣はてきぱきと答えた。そして剣崎の反応を待った。
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