起の章

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絶走/その5 浮かび上がるライン 「うん、お前のことだ。その場の状況次第でうまくこなすだろうしな。だが、いいか…。ミカじゃないが、その二人の接触は真っ白でも、お前を呼び込む意図が”混じってる”ってことは十分あり得るからよう、慎重にな」 「心得てます」 「それとよう、再び大打と対峙するかもってことで、連中の動向は直近で当たっておこう。三田村さんにもこっちから直接確認していいか?」 「ええ、それでお願いしますよ」 剣崎との電話は10分程度で終わり、今回の行動に際した一応の了解を得た。婚約者である倉橋にも、既にこの件は伝えてあった。 麻衣はボックス席に座り、テーブルの上にミカから受け取った相関図を広げ、サインペンを片手に握って目を下ろしていた。 そして、新たに加わったニューカマーのU子と好美、それにヒールズの常連客である”ひでりん”を書き加え、静人とそれぞれのラインでつないぎ、全体を凝視してみた。だが、それはどうしても、大打を巡る見えないラインに想像をめぐらせてしまうのだ。 ”今、ここには記されていないラインがあるとしたら…。私の目が届かないところで…。それはどこだ!” ミカの力作である相関図に穴が開くほどの視線を浴びせ、麻衣は自問自答を繰り返していた…。 ... この手の大型娯楽センターとしては老舗のルーカスを凌ぐ隆盛ぶりを誇るジャッカル・ワンの休憩コーナーには、4人の男達がどっかと座り、7人スペースのソファーを”占領”してた。 大柄な男二人と左手の小指に包帯を巻いているやや太った男、黒いサングラスをかけた痩せた男…。いずれもガラの悪さ丸出しの若い男達が我が物顔で歓談していた。 「ほう…、北海道なら、もうそろそろ雪がねえ…」 「…」 「それに比べて”ここ”はヌルい。たまには嵐や猛吹雪が吹かねえと、詰まったホコリが除去できんってもんだ」 「はは…、その通りではあるが、吹かねえ風は吹かせりゃいい。そんで、飛んできたホコリはきちっと葬り去る。きれいさっぱりな。問答無用、有無を言わせずに。むろん、俺たちにとってのホコリに女も子供もねえ。北のオオカミさんなんかはその辺、釈迦に説法だろうがな、ハハハ…」 「…」 ... 「…それでおたく、そう言うキモチ(覚悟)で汲み取るが、いいんだな?」 「ええ、”それ”が叶うんであれば、悪魔にでも魂売りますよ、俺。ああ、失礼…。オオカミさんとか、モノホンのバッジの方とかが悪魔なんて…失言でした。今の俺にとっては神様に見えますから…、ヘヘヘ」 ここでオオカミが不愛想にしゃべりだした。 「テメー、もう口開くな。望みは叶えてやる。できれば”現場”ん時まで、その湿気たツラ視界に入れたくねえ。もう消えな」 その場はオオカミの一言で凍り付いた。 ... 「オオカミさんよう、あんなあぶら野郎なんかにムキになるなって…」 「そう言うお前らもあぶら野郎だろうが…」 オオカミの舌鋒は、武次郎と西城双方に向けられた。 「おい、雇われの身は度をわきまえるもんだぜ。言っとくぞ、俺達は流れ者の単なる雇い主なんかで収まっちゃいねえんだ。コイツはともかく、俺と兄貴はお前らみたいな輩どもをコントロールしてんだよ、全部。そこんとこ、正しくご理解賜りたいな。どうだ?」 「一応、ここではわかったと言っておこう」 「フン、オオカミの口が曲がってるのを、この年になるまで知らんかったわ。まあ、やることやってくれりゃ、それでいいがな、こっちは。いつでもスタンバイで備えていてくれ。俺と兄貴からの”号令”はお前にとって、消防署の出動サイレンだからな。フフフ…」 「消火の対象はどこになろうが、一切の異議を持たん。待ってるぜ、サイレンを」 これから間もなく、オオカミの消火先は思いもよらぬ場所に出動となった。そう、この時隣に座し、あぶら野郎と侮言を放った内の一人だったのだから…。 ... 「おい、静人、いいな。やってやるぞ、あの女を!リッチネルは無理だが、天空を仰いで犯すのも悪くねえ。ヒヒヒ…」 イノシシのような体形で、”中身”も醜悪極まるであろうその先輩の”誘い”に静人はやや戸惑っていた。あの子はヤリたい。でも、そんな卑劣な手段を講じてまでは…。しかし他方で、いやもう一つの自分の意思からはそれも刺激的な愛し方だという、いわば悪魔の囁きもずんずんと自分自身に響いていた。 「まずは下地作りだ。いいか、今から言うこと、しっかりメモっておけよ」 たるんだ体が見苦しい先輩の目は、まるでその体の脂肪が転移したかのように歪んで濁っていた。うんざりだ、こんなの…。でも…。きっと、見かけはマトモでも、中身はこのイノシシとおんなじだ…。スリムで美男子の静人はそんな絶望感に浸っていた。それは恍惚と…。
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