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絶走/その6 歪んだ憧れ あの子を想って、何度マスターベーションで果てたことだろう…。2学期が始まる直前のあの出来事以来…。数え切れない…。そして今、イノシシから解放され家についたそばから、ヤッテる…。静人の頭の中は、あの少女に侵されていた。 ... 「なあ、姉さん。この前言ってた女の子な、”ビンゴ”だったよ」 「えっ…、じゃあ、同一人物だったってこと?」 「うん。斉藤の兄さん…、ああ、ひでりんさんの話も聞いてさ。間違いないわ」 「そう…。で、静人、どう思う?」 「あの子なら解決できると思うよ。相談してみたらどうかな」 「そうね…。それがいいか、やっぱり。U子には話してみるかな…」 ... この夏の終わりに知り合った”彼女”がまさか、”あの”本郷麻衣、そしてヒールズというスナックの未成年ママさん、”豹子”だったなんて…。 静人はここ最近、巷に飛び交っていた”彼女”をめぐる噂ひとつひとつに、その都度強い衝撃を受けていた。特に相和会の幹部と婚約したという”事実”を耳にした時のショックは、とても言葉にできなかった。 その”彼女”とここに来て、思いもかけず再び接近する局面が巡ってきたのだ。それは2週間ほど前、姉の好美からあることを尋ねられたあの夜から始まった…。 ... 「静人、あんた夏休みの終わり、ファミレスで騒ぎに巻き込まれたじゃない。その時にあんたの先輩と乱闘騒ぎ起こした女子高生、今話題に上ってる本郷麻衣って子だったんだよね?」 「そうみたいだ。そん時は承知してなかったけど…」 それは今年の夏休み最終日だった。あのファミレスでの騒動で、麻衣は警察の聴取を受けたあと、体の不調を訴え入院、そこで薬物反応が出て、事は一気に初代会長逝去後の相和会の跡目相続も絡んだ一連の逮捕劇につながった…。 その火付け役があの少女だったのだ。しかし、彼女から与えられた衝撃は、単なるプロローグに過ぎなかった。その後、警察と病院から戻った後の”彼女”は、この都県境のアンダーワールドを席巻し、あっという間に時の人に昇華したのだから…。 ... 静人は、夏の終わりに巡り合わせを持った妖しい少女の名が本郷麻衣という南玉連合の元リーダーと知った。そして、相和会初代会長の相馬豹一と血縁を噂され、相馬豹子を名乗っていたことも…。さらに、薬物疑惑が発覚し不起訴処分後、病院療養を経て戻ると、相和会幹部と婚約したことも耳に入った。 その後も静人が聞き及ぶ麻衣の噂は、枚挙に暇がなかった。あの子、一体、どこまで行くんだろうか…。自分にとって手の届かない遠い存在‥。これが彼の偽らざる気持ちだった。 麻衣のことは強く意識し、心の奥では決して浅くない憧憬の念を抱いていたが、彼女とまた会って話をすることなど、もうないだろうとあきらめていた。しかし…。 ... 「…後輩のU子がバイトしてたジャッカル・ニャンって、いかがわしい連中が経営してたらしくて、今、嫌がらせを受けるのよ。彼女が言うには、そんなタチの悪い奴らにオープンの日、その本郷麻衣らしき人、正面から挑んでいったらしいのよ。U子はその麻衣って子に相談すれば力になってくれるんじゃないかって考えてる。でも、どうやったら会えるかって…。伝手もないから。あんた、この前、どうやら麻衣って子じゃないかって人物が、U市内のスナックでママさんやってるかもって言ってたでしょ?それ、確かめられないかしら?」 姉の好美にそう切り出されたのは、10月初旬のことだった。 「…うん、斉藤の兄さんがそのスナック通ってるらしくて、どうも高校中退した目の鋭い小柄な女の子がママさん…、もちろん雇われだろうけど、今話題の麻衣って子と同一人物じゃないかって言ってたんだ。ちょうど週末に斉藤の家に行く用があるから、確かめておくよ」 「頼むわ」 ... そして、”それ”は想像通りだった。静人は姉に、麻衣へは豹子がママさんをやってるヒールズというスナックに行けば会えるとレクチャーした。この時点では、静人は”そこ”で留まっていた。 麻衣への憧れの気持ちは強いし、もちろん会いたい。できれば彼女にしたい…。しかし、麻衣はすでに相和会の強面と将来を誓い合い、他の男のものだ。彼女とはこれ以上親しくなることなど叶う訳はないさ…。そう思い至っていたのだ。そころが…。 ... 「よう、静人、お前、本郷とまた接点できたんだってな?」 静人はこのイノシシ先輩の言葉の意味を一瞬、計りかねていた。あっけにとられたといってもいい。 「へへ…、とにかうよう、上手くつないどけ。なあ…」 静人にはそのうす笑いを浮かべたいたイノシシの顔が、やけにべとついて見えた。まるで、換気扇にこびりついた油汚れのように…。
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