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絶走/その7 企みの部屋 東京都西部の某市内、駅からさほど遠くない繁華街の一角…。午後4時半過ぎ、4階建ての雑居ビルには禍々しい空間に支配されている一室があった。最上階の404号室である…。 「お疲れ様です、椎名さん…」 「おう…、ノボルさんいるか?」 「ええ、どうぞ…」 椎名は狭い廊下にとうせんぼ状態で立ち塞がるパーテーションを”器用”にすり抜けると、そこにノボルさんはいた… ... このビルの404号室の歴代店子は、すべてサラ金業者だったが、ようやく人材派遣業というマトモな業種の借主を”付けた”仲介業者に、オーナーは深く感謝したという。 「何しろ404はサラ金専用部屋だって通説が出来上がっていたからね(苦笑)」と、親から相続でそのビルを得たオーナーは、去年11月の”脱サラ金業者”に胸を撫でおろしていたという。 ところがその実体は、大打ノボルグループの拠点だった訳で…。 404号室…、それは広域暴○団東龍会と究極のパートナーシップ関係を得た、NGなしのワルが居座る企みの室に他ならなかった。皮肉にも、オーナーの喜んだ人材派遣業の実態が”殺し屋”のリクルート集団だったのだから、まさにブラックジョークもここに極まったと言える。 ... 「…ノボルさん、HMですが、新たなラインが浮かびましたんで…」 「ほう…、眠たい目が覚めるってとこだな、椎名。…おい、ターゲットHMだ!広げろや!」 大打の指示で、明らかに未成年である少年が学習塾で定番のキャスター付き大型ホワイトボーードにそれを広げ、マジッククリップで”模造紙”四方を固定して、大打と椎名の正面にかざした。 「赤と黒、両方くれ」 椎名のオーダーに手早く対応し、少年は赤と黒のマーカーを手渡した。 「書きこんでいいっすかね?」 「確実なもんならな」 「では…」 大打ノボルは濁ってはいるが、鋭い眼光で椎名の書きこみを凝視した。 ... 「おい、椎名…。それ、ガセじゃねえんだろうな!」 「今ネタの根拠を説明しますよ。実はマキオが”搾り”をかけてた女からの派生でしてね…」 椎名は目を細め、ややこぼれ笑いをして大打にシグナルを送った。そして大打は即座にそのシグナルを受け取った。 「…ジャッカル・ニャンのオープニングでバイトだった女だな…、それ」 「ええ。コイツが高校時代の部活で先輩だった”この女”に相談し、”そいつ”がこの相関図に出てた”このガキ”の姉でしたわ。そして、スナックのママ、”豹子”という名のHMと客として接触していた”この男”の弟がこのガキと友人でして、結果、”このガキ”はHMと豹子が同一人物だと知ったようですわ」 椎名はボードの紙に指を行き来させ、説明は理詰めだった。 「なるほどな。これは面白い…」と、今度は椎名以上に目を細め、大打はしばし、その相関図で本郷麻衣と”直”のラインで繋がっていた中野静人に濁った視線を集中させていた。 ... 「…マキオにはまだ”このこと”を告げていません。今なら”誘導”できますぜ」 「…ああ、これは使えるな。椎名、この中野静人と繋がってる”この男”、武次郎が抱えてる野郎だぜ。たしかイノシシみたいな体形のハンパもんだ。そのイノシシ、麻衣とはかなりの因縁らしいってこった。…いいか、”そいつ”も使って中野を取り込ませるんだ。そんで、マキオにはこっちの絵図に乗るように指示しろ。よし、これで着手に踏み切るぞ!」 大打は外の廊下まで聞こえるであろう程の大声で、椎名のみならず、室内の合計4人にいわば気合を入れた。いや、彼のその気合は自分自身にも向けていたようだった…。 ... ”ふふふ…、要は日ごろの日常活動がものをいうんだ” 大打はホワイトボードに張りつけられた相関図に向かって不気味な笑みを浮かべ、日々の積み重ねの大切さを己に言い聞かせていた。 ”それ”は常軌を逸して狂った目的に向かう為の、ひたむきで地道な云々…。フツーの老若男女からしたら、吐き気と目まいを催す、およそコツコツといったニュアンスとは反対側の”地道”な努力の成果だった。 そんなもの実らせる世の中って…。その呟きの主は果たして‥? ... 11月×日、夕方5時少し前、門前仲町通りの喫茶店で麻衣はその男と会っていた。 「…ああ、これが委任状ね。…で、まあこういうことだよ。まずはおたくの事実認識はどうなのか聞かせてもらおうか」 「…ええ、アンタの言う通りだ。認めますよ、全部…」 麻衣は相手の反応をうかがう時、瞬きを拒絶して見極めに集中する。”はは…、不自然だって、これ…”と、麻衣は心の中でせせら笑っていた。 ”なら、行ってやるか…” 本郷麻衣の頭の中はすでに大打ノボルの陰が潜んでいた…
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