起の章

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絶走/その8 接触 「まあ、後で行き違いが出てもまずいから、一応、順を追って確認させてもらうよ。ジャッカル・ニャンのオープニングスタッフだったU子は5日で辞めた。その後、アンタは彼女に会ったよね。それで…」 麻衣は、好美から聞いたそのままの”経緯”をなぞってマキオに話した。 「確かにU子だって、タチの悪そうな連中が店を張ってるってくらいは、そりゃあ友達に世間話程度ではしただろうさ。でも、それがあることないこと触れ回って、そのおかげであんたらが撤退させられたってのは言いがかりだし、それでどうしてくれんだってことなら脅迫だぞ。第一、あんたらを追い払ったのは私でしょう、実際。だから、U子への行為は反省した上で以後一切接触しないと誓約してもらう。いいね?」 マキオは麻衣の指摘をすべて認めた。それを確認すると、麻衣は1枚の書面をマキオの前に差し出した。 「じゃあ、この書面に書かれている内容、私に聞こえるように声を出して読んでもらおう。そんで、その内容にすべてに納得し了解したら署名だ。もし、引っかかるところがちょっとでもあったら遠慮せずに言ってくれ。私に留保はない。その場で即答するから、今日この店を出る時には完全に”本事案”は解決してる。わかったかな?」」 マキオは軽く頷いた後、麻衣の言われるままに従い文面を読み上げ、その後に署名した。 ... 「よし、これをU子に届ける。これで終わりだ。…それでさ、私も今までのことがあるんで一応聞くけど、今回のこと、大打兄弟とか上の人間に指示されてやったことなのか?」 麻衣はマキオの目に鋭い視線を向けながら、あくまでも口調はさりげなくストレートに問いただした。 「…いや、今回はオレの独断。ノボルさんと武次郎さんは承知していない…」 麻衣は、マキオが自分の目からすぐに視線を反らしたのを見逃さなかった。 ”コイツ、私の視線をまともに見れないのか…。ということは…” 麻衣はその意味するところを瞬時にかみ砕き、”連中”の意図が介入していることを読み取った。しかし麻衣は表情一つ崩すことなく、そんな胸の内などマキオには100%察知されない対応を処している自負を持っていた。 「そう…。別に私は特段そのことを奴らに話すつもりはないし、まあどうでもいいんだけど、どうなんだろうか…。大打兄弟があの店を拠点にしてどういうビジョンを描いたかを私が把握してるってくらい、アンタだって承知してるはずだ」 「…」 「…今回のような言いがかりや因縁でゆすり、たかり、それに脅迫とかってのは、大打が組織的に推し進める”基本政策”って認識なんだけど…。だから、U子へは大打兄弟が当然関与していたと思ってたわ」 麻衣はそうカマをかけて、マキオの反応を探ってみた。マキオはやや動揺したような様子を見せたが、「とにかく今回はそういうことだ」ときっぱりと答えた。すでにマキオは麻衣の掌に乗っていたのだ。 ... その後マキオと別れ店を出た麻衣は、ヒールズに戻るとさっそく首尾を伝えるため、好美の自宅に電話をしたのだが…。 「もしもし、中野さんのお宅ですか?」 「はい、どちら様でしょうか…?」 「私、本郷と申しますが、好美さんいらっしゃいますか?」 「…あの、ああ…、少々お待ちください…」 ”静人だ…” 麻衣は一言交わし”あの時”のアイツだと確信した。そして向こうも”あの時”の私だとすぐに悟ったようだと…。だが、突然だったせいもあってか、彼は何も話しかけてはこなかった。 ... 「ホントですか、よかったー!ああ、本郷さん、ありがとうございます。U子、喜びますますよ。さっそくこのこと伝えますので…」 「うん。じゃあ、誓約書を渡したいんで、ヒールズに来てくれるかな」 「はい。できればU子と一緒に伺いますよ。彼女も直にお礼を言いたいでしょうし」 「時間帯はこの前言った通り、夕方で頼むね。なら連絡待ってる」 好美との電話は用件のみの2分程度で切り上げた。麻衣から静人のことに触れることはなったし、好美も弟のことは口に出さなかった。だが麻衣は、これで静人と何の接触もなく”終わる”気はしなかった。それはいつものように、ただ何となくの”直感”からくるものであったが…。 ... ”あの子の声がまた聞けた…。確かにあの子の声だった…” 静人は麻衣とのほんのわずかな、通り一遍の言葉のやり取りを何度も頭の中で繰り返していた。 ”本当は少しでも話をしたかった…。でも、とっさで勇気が出ず、話しかけることはできなかった” 静人は臆病な自分に後悔してはいたが、それでもあの子の声を再び聞くことができただけで、心がときめいていたのだ。 そして部屋のベッドにうつ伏せとなっていた静人は、気が付くとまたアレに精を出していた…。
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