34人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ
「せんせ……」
呼びかけたその声は飲み込んだ。
いや、吐き出すことができなかった。
伸ばした手は、彼に届かなかった。
違う、届けるのを辞めた。
追いかける足は、彼に追いつくことはなかった。
これも違う、追いかけるのが怖かった。
彼の瞳にはもう、自分じゃない誰かが映っていた。
「俺はやっぱり、君が好きだよ」
駅の喧騒の中に、大好きな声が溶けていく。
今までの彼との思い出が、頭の中で弾けた。
あれは全部嘘だった。彼の罠に引っかかって、手のひらの上で踊らされてたんだ。
でももしかしたら、彼はまだ自分を見てくれているのではないか……そんなほとんどないに等しい可能性にかけて、声のした方を見る。
やっぱり想い人は自分ではなくあの子を見ていた。
……嫌だ。
見たくなかった。認めたくなかった。
「……ふっ……うぅ」
情けない嗚咽が口から零れる。視界がぐにゃりと歪み、鼻の奥がツンと痛む。瞬きをすると、熱い液体が頬を伝って落ちた。
……嫌だ。
こんな気持ちになったのは初めてだ。
自分はあの子に負けたんだ。彼は自分ではなく、あの子を選んだ。
「うぅ……ふっ……やだ……」
このまま大声で泣き出してしまいそうだ。
すぐにこの場を離れなきゃ。
涙を袖で拭って走り出す。
最後に目に焼き付けようと一瞬だけ見た彼の柔らかい目線の先で、あの子が幸せそうに咲った。
最初のコメントを投稿しよう!