プロローグ

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プロローグ

「せんせ……」  呼びかけたその声は飲み込んだ。  いや、吐き出すことができなかった。  伸ばした手は、彼に届かなかった。  違う、届けるのを辞めた。  追いかける足は、彼に追いつくことはなかった。  これも違う、追いかけるのが怖かった。  彼の瞳にはもう、自分じゃない誰かが映っていた。 「俺はやっぱり、君が好きだよ」  駅の喧騒の中に、大好きな声が溶けていく。  今までの彼との思い出が、頭の中で弾けた。  あれは全部嘘だった。彼の罠に引っかかって、手のひらの上で踊らされてたんだ。  でももしかしたら、彼はまだ自分を見てくれているのではないか……そんなほとんどないに等しい可能性にかけて、声のした方を見る。  やっぱり想い人は自分ではなくを見ていた。  ……嫌だ。  見たくなかった。認めたくなかった。 「……ふっ……うぅ」  情けない嗚咽が口から零れる。視界がぐにゃりと歪み、鼻の奥がツンと痛む。瞬きをすると、熱い液体が頬を伝って落ちた。  ……嫌だ。  こんな気持ちになったのは初めてだ。  自分はに負けたんだ。彼は自分ではなく、を選んだ。 「うぅ……ふっ……やだ……」  このまま大声で泣き出してしまいそうだ。  すぐにこの場を離れなきゃ。  涙を袖で拭って走り出す。  最後に目に焼き付けようと一瞬だけ見た彼の柔らかい目線の先で、が幸せそうに(わら)った。
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