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番外編〜カクテル漬けの毒のハナ〜
いつものバーにふらりと立ち寄り、いつもの決まったカウンター席に足を組んで座る。
「いらっしゃいませ」
もう顔見知りとなってしまったバーテンダーが、グラスを磨きながら低く落ち着いた声で迎え入れてくれた。
「ねぇ……」
気だるげな声を彼に投げかけると、彼はグラスを磨く手を止め、私を見る。
「……かしこまりました」
視線を絡め合うこと数秒。先に視線を逸らし、棚のボトルをいくつか手に取り始めたのは彼の方だった。
「……どうぞ」
しばらくすると私の目の前にタンブラーが置かれる。その中では透明の炭酸にカットされたライムがゆらゆらと浮いていた。
「ありがとう」
早速タンブラーに口をつけると中の液体を喉に流し込む。
「今日は何があったんですか? 英さん」
まるでやけ酒でもするような私に、彼は呆れたように言った。
「なんにも。仕事に疲れただけ」
私はまるでタバコの煙を吐き出すかのように答える。
「……そうですか」
彼は大した興味もないらしく、グラス磨きを再開させた。
「次をお願い」
「……かしこまりました」
静かな時間が流れる中、2杯目として出てきたのは、逆三角形の小さなグラスの縁にオレンジが一欠片ついた橙黄色のカクテルだった。
「ありがとう」
同じようにクイッと口に含み、舌の上で少し転がして食道へと送り込む。
そのグラスもよく味わってゆっくりと空にすると、私は次を注文するため彼に視線を送った。
「飲み過ぎには気をつけてくださいよ」
私の視線に気がついた彼がそう言いながらも私の前に出したのは、赤褐色をしたカクテルの女王。
「大丈夫よ、これくらいいつも呑んでいるもの」
そう言って笑いながらグラスに口をつけたその時、店のドアがドアが開き、貴方が現れた。
1人でやって来た貴方は私の隣の席に座ると「こんばんは」と柔らかく笑んだ。
「すみません、アドニスを」
それから貴方は美の女神、アフロディテに愛された美男子と同じ名前のカクテルを注文する。まるで貴方にぴったりなその選択に、私は興味を持った。
「貴方……どうしてここに来たの?」
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