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鈴音は、これだけ防寒対策をして、しかも、運動して汗までかいているというのに、体が寒く感じる、震え・・・奥歯がガジガジと震える。
「寒さのせいじゃない、恐怖のせいよね。」
鈴音は、独り言を言った。
斜面は急で、前を滑る香にはとても追いつけない。
ブワッと視界が悪くなり、全身に痛いほどの無数の弾丸がぶつかる。
「雪だ!吹雪だ!」
やっとで、香が止まる。
鈴音が止まろうとした時に、スキーが何かに引っかかった。膝に激痛が走る。
「痛い!」
その場に倒れ込む鈴音。
「大丈夫?鈴音。」
「右の膝が痛くて。」
「立てる? どうしよう。鈴音。」
「香、なんとか立てる。スコップを出して、待機できるところを作ろう。」
「待って、あれは何?」
「あ、山小屋だ。」
香の指差す方向に山小屋が見えた。しかし、吹雪はだんだん激しさを増し、徐々に山小屋が霞んで見えてくる。
「行こう!鈴音、小さい頃やったトレーラー!」
鈴音と香は、小さい頃からいつも一緒にスキーの練習をしていた。
子供の頃は、インストラクターが、生徒の子供を飽きさせないように遊びを取り入れていた。
スキーをしながらゲートをくぐったり、ボールを拾ったり、蛙飛びや、後ろ向きスキー。その中にあった、トレーラー。
前の人はスキーをハの字にして地面を順番に蹴って前に進む。その時に左右の手に持ったポールを水平に後ろに出す。もう1人が、そのポールを左右の手に握りスキーは揃えて立つ。前の人が地面を蹴って前に進み、後ろの人は、ただ引っ張られるだけ。それで、2人が一体となって前に進む。
香は、スキーを履いたまま、滑りながら歩く。鈴音は、ただ引っ張られている。
鈴音は、ただ引っ張られているだけのようだが、絶妙なバランス感覚がないと転倒するし、前の人に変な荷重がかかってしまう。
ただ、自分で歩くより、ずっと楽だ。
歩くより楽だとはいえ、やはり、膝の痛みがあるため、苦痛の表情をしている。
目の前は、真っ白だ。空から降ってくる雪が多いんじゃない。降る雪に加えて、地面に積もった雪が風で大量に舞い上がっている。
スキー場なら、ある程度踏み固められているのでこんなことはない。コース外の新雪のなせる技だ。
地面の上にそっと乗った新雪は、簡単に風で巻き上げられる。
鈴音は、すぐ前にいる香の姿でさえ霞んで見えるのを見て、トレーラーをしていなかったら2人とも離れ離れだと、ホッとする。
山小屋は吹雪で見えなかったが、香は山小屋があった方向を凝視する。山小屋は見えてはいないが、体は機械のようにバランスを取り、方向をずらすことなく山小屋に向かっていると信じていた。
吹雪の中、突然目の前に山小屋が出現した。
助かったと二人とも思った。
山小屋は、少し、周りより高いところにあり、ドアは内開きになっている。積雪で中に閉じ込められないようにするためだろう。
戸に鍵はなく、入ると、中は風除室の空間で、雪が流れ込むのをここまでで止めるための空間だろう。入り口周りに入り込んだ雪を雪かきして、戸を閉める。さらにドアを開けて中に入ると、6畳の畳の部屋があり、6畳程度の広い土間には暖炉がある。救助隊か、管理区域外のパトロールのための待機所だろうか。
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