第三話 春の雪①

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 姉はフランスで働いていたから、それに付き添うようにフランスのパリに住んだのが十一歳の頃。姉の仕事の関係で欧米のあちこちの国に一定期間滞在することが多く、あまり学校には行けずに、ほぼ通信教育だったそうだ。  向こうの義務教育である十六歳まで学校に在籍した後、姉の結婚を期に就職、二年ほど働いていたが、姉の後押しもあり、去年の一月から日本で働くことになったのだという。  苦労したのだなと思ったが、安理は少しも苦労とは思っていないらしく、姉に付き添って色々な国を訪問するのは楽しかったと笑みを浮かべていた。そのおかげで、フランス語、英語、イタリア語が話せるのだから、と。とても前向きで良い考え方だと思わず感心した。 「君のお姉さんはまるでお母さんのようだな」 「十歳も違いますし、両親が亡くなってからは母親代わりでしたから。日本に知り合いも居ない中で来ましたし。でも、毎週バーで伊涼さんと話ができるから楽しいって言ったら安心してました」  身内にまで私の話をしているのか。口止めしたわけでも無いし困ることも特にないのだが、何となくこそばゆい。 「伊涼さんはご兄弟とかは?」 「妹が一人居るが、家族とは縁が薄くてね。どこでどうしているかも分からないよ」 「そう、ですか」  安理が一瞬余計なことを訊いてしまったと思ったのが、眉尻が下がる動きで分かった。 「家族にカミングアウトした同性愛者にはよくある話だ。元々仲の良い家族でも無かったから、特別思うこともない。ただ君と君のお姉さんとの良好な関係は、微笑ましいと思うけれどね」
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