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第一話 ある新年の朝
「物凄い量だな……」
新年を迎えた朝、ベッドから這い出てリビングに足を踏み入れて、開口一番発した言葉がそれだった。
ダイニングテーブルの上におよそ百枚以上ある年賀状の束が目についたからだ。昔から親しい友人以外には年賀状を書いてこなかった私には、およそ届かない量だ。
「ああっ、ごめん! それ伊涼さん宛の取ったら適当にその辺置いといて!」
キッチンから声が飛んできて、「ああ」とそちらを振り向くと、エプロン姿の安理が菜箸を持って何か盛り付けているところだった。
ほのかに出汁の良い匂いが漂ってくる。昨日から仕込んでいた雑煮だろう。
「何か手伝うか?」
「平気! 伊涼さんはゆっくり正月番組でも観てて」
手伝うか、とは言ったものの皿洗いくらいしかできないから、今は何の役にも立たない。
言われた通りダイニングテーブルの上の年賀状の束を手に、ソファに座ってテレビをつけた。観るつもりはなかったが、私がテレビをつけないと安理は一生テレビが観れない。
彼は私が騒がしいのが好きではないことから、観たいテレビ番組があっても一緒にいる時は遠慮してつけないのだ。そう気付いたのは、同居を始めて二ヶ月後のことだった。
何で遠慮するんだ、テレビが観たいなら言えばいいのにと言ったら、「伊涼さんがたくさんおしゃべりしてくれたらテレビなんか観なくても平気だよ」と笑った。
名田安理という男は、自分の意向より他者の意向を優先する、そういう男だ。だから、先程「正月番組を観る」ことを勧めたのは、彼の希望が漏れ出たもの。
結局は私がそういうサインを見逃さず、自分の許せる範囲のものならば、汲み取ってやればいい話なのだ。
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