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原田は夕方の六時を過ぎると、自分の家に帰った。ここ一週間、ずっとそうしていた。そして、次の日の朝になると、合鍵を使ってまたやって来る。
颯は、静かな部屋の中でたった一人、何もせずにただうずくまっている。もうこのまま腐っていってもいいのではないかと、颯は思った。誰とも会わず、誰にも迷惑をかけず、闇に溶けるように消えていければいい。そうすれば、天国で龍斗と会える。
──一緒に帰ろうぜ。
ふと、頭の中に声が響く。でも、颯は知っていた。それが、幻だと言うことを。
──大丈夫だって。心配すんなよ。
この一週間、原田がいなくなると、いつもこの声が聞こえてくる。そのたびに、消えてしまえればどんなに楽だろうかと考える。
──颯、そんな泣くな。
「無理だよ……」
こらえきれなかった涙が頬を伝い、膝を濡らした。
──ひとりで抱え込むタイプでしょ、颯は。
どうして自分のことを気にかけるのか、と颯は龍斗に聞いたことがあった。この言葉は、その時聞いた言葉だ。あまりにもあっけらかんとしていて、拍子抜けした颯は黙っていた。
──もしかして、話しかけられたくない?
颯は急いで首を横に振った。それは、悲し気に龍斗が聞いてきたからではない。
龍斗のことが、好きだから。
自分の気持ちに気付いた颯は、恥ずかしくなって俯いた。その頭を、龍斗は大きな手のひらで撫でる。それが心地よくて、自然と頬が緩むのを颯は感じた。
でも、もう龍斗はいない。あの大きな手のひらも、もうない。
そこまで行きつくと、稽古場の風景を打ち消すように、白い棺の中で目を閉じていた龍斗の姿が浮かんでくる。忘れたくても忘れられない、生気の感じられない龍斗の顔。
いつもそこで回想は終わる。目の前は暗闇になって、そのままどこまでも沈んでいくような気がしてくる。
「なんで……」
吐き出すようにそう呟いた時、インターホンが鳴った。颯は体を小さく丸めて、原田が応答するのを待った。しかし、いつまで経っても原田の声はしない。そこで、原田がもう家に帰ってしまったことを思い出した。
鉛のように重たい頭を無理やり持ち上げて、壁に付けられているモニターに目をやった。しかし、そこには誰も映っていない。
もう一度、インターホンが鳴った。颯は小さく息をついて、数時間ぶりに立ちあがった。
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