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龍斗は颯の家に上がると、一目散にソファに向かって走り出した。そして、少し離れたところから飛び乗る。そんなことをされても、ソファは一切音を立てず、沈む様子もなかった。
「はーやーてー」
「なんだよ」
「なんでもない」
颯はテーブルを挟んでソファに向き合う形に座った。生きていた時と変わらないように見えるが、龍斗がどれだけ暴れても一切音が立つことはない。それに気づくとまた視界が涙で滲み始めて、慌てて颯は下を向いた。
「何?」
「何でもない」
興味無さそうにふうんと言って、龍斗は足をばたつかせる。
疑問がないわけではなかった。疑問は、あり過ぎるくらいにある。だからこそ、何から聞いたらいいかがわからず、颯は口をつぐんだ。
相変わらず、龍斗は何が楽しいのか、鼻歌を歌いそうな勢いでソファの上を占領している。ずっとこのままでいてほしかった。颯は目元を拭った。
「なあ……颯」
颯が顔を上げると、不安そうな龍斗と目が合う。
「……何かあるなら言って」
真っすぐに見つめられて、颯は、思わず聞いていた。
「何で、戻ってきたの?」
「ああ、いや、道に迷ったんだ。三途の川の場所がわかんなくてさ。もっとわかりやすく看板立てといてほしいよね」
「……それじゃ、誰でも行けちゃうじゃん」
「ああ、そっか。じゃあさ」
龍斗がずっと喋って、それに突っ込む。懐かしいやり取りにすら涙が込み上げてくるが、颯は必死に我慢した。途中で一度、鼻を啜ってしまったけれど、龍斗は気付いていないようだった。
「やっぱ、颯のツッコミが一番だわ」
一息ついた龍斗がそう言う。颯も笑って、「つっこませんなよ」と答えた。
はあ、とため息をついて、龍斗はソファにうつ伏せになった。そのまま目を閉じたのを見て、「寝るなよ」と颯が言うと、「寝ねえよ」と答える。
笑い疲れて、颯も天井を見上げる。染みのない綺麗な天井を見上げていると、ふと、悲しい気持ちに襲われた。
ああ、そうだ、龍斗は幽霊なんだ。
「……ねえ、龍斗」
思わず、声をかけてしまった。龍斗が顔をこちらに向けるのが、視界の端に映った。
「……何でうちに来たの?」
いつまでいてくれるの、とは、聞けなかった。
「え……?」
「だから、何で原田さんとかの家じゃなくて、ここに来たの?」
驚いたように固まる龍斗にそう言うと、龍斗は困ったように頭を掻いて、目を逸らした。
颯はそこで、質問を失敗したことを悟った。何か、聞いてはいけないことだったらしい。
謝ろうと思った颯より先に、龍斗が口を開いた。
「いや、気づいたらドアの前にいてさ。ごめん、迷惑だった?」
颯は急いで首を振って否定した。
「というか、颯、ずっと原田さんに家事やってもらってたの?」
「え、まあ、うん」
「じゃあ、今度は俺が家事手伝う」
話を逸らした挙句、龍斗は突然、そんなことを提案した。
「あ、すり抜けるから無理だろ、とか思ってんでしょ?」
目を丸くしていた颯は、考えを読まれて口ごもる。
「大丈夫、大丈夫。どうにかなるって」
いつの間にかソファを下りていた龍斗は、そう言ってキッチンへと歩いていく。その後ろ姿は自信に満ち溢れていて、やっぱり変わっていないんだなと、颯は小さく笑った。
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