私と彼

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「和奏!」  大好きな声が後ろから聞こえた。  驚きのあまり、振り返れなかった。 「どうしたんだよ、お前やっぱりおかしいよ」  すぐ近くに、真後ろに陽介が居る。追いかけてくれた。それだけで身体が歓喜に震えた。 「どっ、どうもしないよ!? 大丈夫」  あきらかな涙声で、しまった、と思った時にはすでに遅くて。  背中から陽介の訝しげな気配が伝わってくる。 「なんで泣いてるんだよ」  いつもの優しい声ではなく、あまり聞いた事のない低めの声に驚く。 「な、なんでもないって」 「そんな風には見えないだろ。こっち向けよ」  苛立つ様な声が聞こえて焦る。それでも陽介の方には振り向けなかった。  だけど、後ろで動く様子が伝わる。 「お前なぁ、あんな風に様子がおかしい状態でいなくなったら…」  回り込んだ陽介に顔が見えない様に俯く。  すると、陽介は珍しく苛立って和奏の顔を覗き込んだ。 「おま、え…」  酷い顔をしている自覚はある。今までだって見せた事ない。  すると陽介が私を抱き締めてくれた。  強くではなく、優しく労る様に。    陽介の匂いが、私を包む。私を満たす。  それだけで、涙が溢れる。 「お前な、なんでもないって事ないだろ」  あまりにも優しいその声に目眩がした。  私は何故、抱き締められてるのだろう。  震える腕を上げ、陽介の背中に回す。思わず制服を握り締めた。  この優しい声は、私に向けられる物じゃないのに。  この優しい温もりは、私の物じゃないのに。  なのに。  混乱して、更にシャツを握り締め私からも抱きついてしまった。    陽介はいつだって優しい。  きっと、ただの幼馴染みの私にも。  だけど、極上の優しさはハツカノさんの為に。  そんな事を思っただけで涙は溢れて。   思い出すな、考えるな。  そうすれば、事実に泣かなくて済む。   「なんでも…なかったんだよ、陽介」 「そうか?」 「うん、用事があったのも本当だし、ちょっと嫌な事を思い出したから」 「ならいいけどさ…泣き止んだか?」  優しい優しい陽介の声に、目の奥が熱くなる。  もう優しくしないでね。  ハツカノさんに返さなきゃ。  今までありがとう。  私の大好きな、陽介。 「彼女出来たなら、明日から朝のお迎えはしなくていーよ」 「え?」 「彼女さんに悪いから」 「でも同じ方向じゃん」 「それでも、きっと嫌がるよ」  思わない訳はない。  もし、私も陽介の事が好きなの、って言ったらどうなるんだろう、って。  でもね。  陽介はきっと先に返事をした彼女を選ぶと思う。  それで私を見る目が表情が、見た事ないくらいに困ってるってなるんだよ。今までそんな素振り、見せなかっただろ、って。    そんなの、耐えられない。  結局、お断りされるなら。そんな表情なんて見たくないから。  勇気のない私は、何も告げる事は出来ないな、って。  明日からの自分を、どうやって奮い立たせればいいんだろうか。  
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