覚悟

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覚悟

 昼休みが終わる前に教室に戻って、陽介は意を決して湯汲さんに話しかけた。私は少し離れた所でそれを見守る。  すると湯汲さんの顔が、ぱっと明るくなったのだけど、すぐ表情は暗くなる。恐らく私も一緒に、という話しをしたからだろうけど。  いくらか言葉を交わした陽介と湯汲さん。  すると陽介が席を離れて私の方へやって来た。その顔は困り顔。 「和奏、今湯汲さんと話したんだけど…俺じゃなくて和奏と話したいんだって」 「え?」  湯汲さんは陽介と話したがっていた筈なのに…どういう事だろう。 「和奏と話しをさせるのが嫌なんだよな。何言い出すか解らないし。でも俺と話しても単に言い寄られるだけかと思うと…一人にはさせない様に隠れて聞いてるから話をしてみる?」  陽介が申し訳なさそうに小さな声で私に言う。 「うん…私と話したいのなら、そうしようか…」 「ごめんな。結局嫌な思いさせてる…」  陽介が髪の毛をくしゃりと掴む。私はそっとその手に触れて、手を降ろしてもらう。 「二人の事だし私も何か力になりたいし、私だって真剣に陽介に恋してるから、話ししてみるよ」  私は陽介の気持ちが落ち込まない様に、少し笑って見せた。 「ありがと…。じゃあ、伝えとく」  陽介が困り顔のまま少し笑って席に戻って行った。 「和奏!何かあった!?」 「由羅」  由羅に話しかけられ、一緒に私の席に戻って行く。 「なんかね、陽介と話したがってた湯汲さんに話しをしようって陽介が言ったら、私と話ししたいって言ったらしくて」 「えぇ?それ、和奏を傷付ける為じゃないの!?」 「普通に考えると、そうなるよね…」 「そうだよ、それ大丈夫なワケ!?」 「まぁ、するしかないかな?」 「「「きゃー!!」」」 「「「ちょっとー!!」」」  由羅と話していると、突然の悲鳴の様な歓声で驚き、声がした方に顔を向けると。  そこには椅子から立ち上がった陽介と湯汲さんが居た。 「え!何、今しちゃってた!?」 「唇、付いてたよね!?」  騒めく周囲の声の中で、決定的な言葉だけを耳が拾う。  え?  今、なんて言ったの?  陽介は片手で口元を押さえ、身体は湯汲さんから離れようとしている。  湯汲さんも両手で口元を押さえているが、直立のまま陽介を見詰めていた。 「和奏!」  由羅の声が耳元で聞こえて、そちらを振り返る。由羅が私を心配そうに見ていた。  私は由羅の方を少し見るだけで声も発せず、再び二人の方を見た。  すると陽介は口元を隠していた手を降ろし、湯汲さんの方を睨みつけている様に見える。  湯汲さんの方はただ嬉しそうに口元の手を降ろし、顔の前で手を合わせて、拝む様に陽介に謝っていた。  周りは相変わらず騒めいていて、色んなところから「キスしてたよね」「湯汲さん強い」「佐伯さん大丈夫かな」と聞こえた。周りから私に向けた視線が痛くて私は思わず椅子に座り込んでしまった。  遠くに陽介の声が聞こえた。視線をそちらの動かすと、陽介は湯汲さんへ言葉を発している様だった。 「いい加減にしろよっ!」 「だから、ごめんなさいって言ってるじゃない」 「それ、謝る態度か?」  ごしごしと、自分の腕で口元を拭う陽介を見ながら、心は騒めいていたけど、どこか安心もしてしまっていた。  私とする時で、あんな事された事ない。 「もう…減るもんじゃないんだから…。気にしなくていいのに」 「いや、あんたが気にしなくてもだな!」 「唇がちょっと触れただけじゃない」  次々と繰り広げられる二人の応酬に周りは興味津々と言わんばかりに、口を挟まず黙って聞いている始末。  ふと聞こえてきた言葉に衝撃を受けた。 「あの二人ってさ素でやり合ってて、なんだかホンモノみたいだよね」  え、と思って声が聞こえてきた方を向くと、発言者は私の視線に気付き「あ」という声にならない声で口を開いたかと思うと、さっと私の視線から逃れるように二人のやり取りの方へ向き直った。 「ちょっとだと言うけどな、それは一方的な勝手な言い分だからな!傷付く奴だって居るんだよ!」 「中河くんが傷付くの?」 「俺じゃねぇ!和奏だよ!解るだろうが!」  陽介のその言葉で、クラスの皆から一斉に視線を浴びた。  私は思わず怯んでしまい、視線を落としてしまった。  相変わらず由羅が傍に居てくれたのが救いだった。 「湯汲、お前こんな奴だったんだな」 「どういう意味?」 「そのままの意味だよ!」  陽介の声が苛立っている。それでも顔は上げられなかった。 「触れただけ?あぁ、確かにな。和奏とするようなキスじゃない」 「何、その言い方」 「そもそも、キスでもねーわ!あんな一方的に触れてきたのなんてな」 「中河君だって同じじゃない、こんな人だと思わなかった」 「どうとでも言えよ、俺はアンタに触れられたくねぇだけ。触れただけ?そうだな、アンタの唇より和奏の唇の方が柔らかくて温かくて、それだけで可愛いからな」 「はぁ!?」 「悪いが話し合いなんて必要ねぇ」 「なんでよ!」 「必要あるか?こんな事までされて俺や和奏がなんでアンタに合わせなきゃならないんだよ。話し合う必要なんてねーわ」  陽介の苛立つ声に、私は気が気でなかった。  どうして、こうなってしまうんだろう。
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