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「はいはいはい、もう、やめやめ!」
その声で二人のやり取りに集中していたクラスの中が我に返る様に、空気が変わった。
「もうさ、無理だろ。湯汲もいい加減にしろよ」
そう発言したのは、駿河くんだった。
「口挟まないでよ」
「いやもう、そういう問題じゃないだろ。これは嫌がらせにしか見えねーよ」
「なんでよ」
「陽介や佐伯さんが困る事、嫌がる事をしてるんだから嫌がらせだろ」
「放っておいてよ」
「いや、クラスの人間としては、ちょっと無視できない。空気が悪くなる」
「うるさいなぁ」
駿河くんは陽介の前に出て、湯汲さんと対峙している。
「前はさ、陽介の事を一途に思ってる乙女な湯汲だったよ、確かに。だけど、今はどうだよ、それは本当に純粋な気持ちから出た行動なのかよ」
「好きだから!」
「だから、陽介と佐伯さんは付き合ってんの。湯汲は口挟めないだろ。その上、こんな嫌がらせして」
「嫌がらせじゃない、触れたかったからだし!」
「勝手に触れるのはダメだろ」
淡々と駿河くんが湯汲さんに語り掛ける。
湯汲さんの瞳が何かに気付いたのか、揺らめく。
「…さっきまでは話し合いに応じてくれない、隣の席なのに話もできない、顔も見れない…それがやっと話し合いが出来るところまで行ったから」
「だからって、どう考えてもダメだろが」
「こんなに…好きなのに…。なんでダメなの…」
「いや、だからさ、陽介と佐伯さんが付き合ってるからだろ。もういい加減、解れよ」
「……認めたくない…」
「それは湯汲が決める事じゃないだろ」
見届けていた皆も、自分の席に戻り始める。凄かったな、とか、湯汲さんってあんな性格なんだ、とか聞こえる。
そうさせてしまったのは、私や陽介なのかも知れないと思うと、やはり心に沈む物があった。
「ほんと、よくやるよ、こんな休み時間に。ほら席着けよ」
呆れた駿河くんの声に、湯汲さんがいくらか自分を取り戻したのか、荒々しかった表情が落ち着いてきている。
陽介は駿河くんに無言で御礼を言い、そのまま私の方へ視線を向けた。
私は一瞬心臓が止まる思いだった。だけど、陽介の真剣な視線で、私も自分を取り戻せた。
私は陽介へ向けて、こくりと首を動かし、自分は大丈夫だと伝えると、それを見届けた陽介は自分の席に着いた。
「由羅、傍に居てくれてありがとね。心強かった」
「いや、何も出来てないし…そんな事気にしなくていいんだけど、ていうか、どこで口挟めば良かったか解らなかった…和奏の為に言い返してやろうとか思ったのに。あっち側が凄すぎて、ちょっと離れてると割って入れないもんだねぇ」
「私も…声も出せなかった」
「あれは寧ろ、口挟まなくて正解だったかもだけどね。和奏、大丈夫?」
正直言って、全然大丈夫じゃない。
なに?唇が触れた?
減るもんじゃない?
どうして?
頭の中がぐるぐると回る。自分の理解が超えている事が起きている。
「和奏?」
「あっ、うん、大丈夫……」
由羅に少し笑顔を見せ、両腕で小さくガッツポーズを作って見せる。
心配そうに私を見る由羅が、それを見て笑うから私も笑い返せたと思う。
ただ真っ直ぐに陽介を思っているだけなのに。陽介もそうやって私を想っていてくれるのに。
彼がしてしまった事は、湯汲さんの感情がそこにあるなんて知らなかったからだけど、こんなにも騒ぎになってしまった。
恋って、恋愛って。
好きな人を想って、それを想い返されるって。
奇跡的だと思う。
すんなり恋愛がスタート出来る恋もあれば、きっと、もっと大変な事を経験している人もいるだろう。
簡単な様で難しい。二人だけの感情で済まない事があれば尚更だと思う。
陽介の事は大好き。
だけど、たった二日でこんなにも振り回されて。
嫌になった訳じゃない、離れたい訳じゃないけど。
あまりにも目まぐるしくて、いつになったら普通の恋人の様な恋愛が出来るのだろうと少し思ってしまった。
私だって諦めたくない。
私と陽介の関係は始まったばかりで、まだこれから二人で経験していく事だってたくさんある。
これからの事だって、色々覚悟している。
湯汲さんは、今日の事をどんな思いでしたのだろう。
陽介と一緒に居たい、話したい、触れたい…。
好きだから。そうしたい気持ちは解るけど。
こんな事してしまったら、陽介にただでさえ距離を置かれてしまっているのに。
自分をそんなに悪者にしなくていいのに、と思うけど、どうにかして陽介に振り向いてもらいたい気持ちは解らないでもない。
だけど手段がどうしても納得できない。
これがもし、少しでも陽介の中に湯汲さんへの気持ちがあったのなら、同情という形でも、陽介が彼女に気持ちが揺らいでいたら。
私はこの勢いだけで負けている気がしてならなかった。
だから絶対に、私のこの想いは譲れない。
陽介も同じ気持ちでいてくれるから、私はまだ頑張れる。
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