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懺悔
大騒ぎだった昼休みの後の授業は、嘘の様に皆静かに受けていた。先生の方が面食らって「お、おまえら、どうした…」と伺う始末。
騒ぎ立てるクラスではないけども、それなりに賑やかではあるクラス。それが一体何があったのかというくらいの静けさだった。
合間の休憩時間に、湯汲さんが数人の友人と教室を出て行ったのに、次の授業になっても戻って来なくて少し騒めいていたけど、どうやら保健室に居たらしく、20分程遅れて湯汲さんを含めた数人全員が戻ってきた。
先生に無理をするな、と言われていたが湯汲さんは首を振り、大丈夫です、と小さな声で言うと自分の席に着席した。
ふと陽介を見たけど、微動だにしていなかった。仲良かった頃だと、きっと声を掛けていただろうと思うと、湯汲さんが置かれている状況に少し胸が痛んだ。
そうやって午後の授業が有り得ないくらいに静かに終わり、皆もなんとなく触れにくいのだろう。そそくさと教室を後にしていた。
由羅は相変わらずバイトだから、と私に少しだけ挨拶をしに来て、勢いよく教室から出て行った。
私はそれを見届けてから帰り支度をし始める。陽介も準備が終わったのか、私の前の席にやって来た。
「帰れる?」
「うん、帰ろ」
そう言って私も椅子から立ち上がった時に、前方から人の気配がして前を向くと。
「佐伯さん、中河くん、ちょっと時間いいかな」
そう話し掛けてきたのは、湯汲さんと仲の良い、木内さんだった。
側には、他に宮本さん、安川さん、そして湯汲さんが立っていた。
私は陽介と顔を見合わせた。
「長くならないならいいよ」
陽介はそう言うと、彼女らの方へ身体を向けた。
「今日のお昼、早希がした事…本人に謝らせたくて」
その言葉で、湯汲さんが後ろから動き、前に出てくる。
それをその場に居る皆で見守った。
「……中河くん、今日は…本当に、ごめんなさい」
湯汲さんの言葉を聞き、陽介が溜息を吐いた。
「本当に悪いと思ってる?あの時も言ったけど、俺が傷付くんじゃないんだよ、俺は嫌な思いはするよ。だけど一番傷付くのは和奏だからな」
陽介の声は相変わらず厳しかった。目付きも鋭い。
「陽介、もういいから…」
「良くない」
「解ってるから!佐伯さん、本当にごめんなさい。嫌な思いさせて…」
湯汲さんが今度は私の方へ向いて謝罪する。
「うん…、大丈夫」
私は私なりに精いっぱい、冷静に返答をした。
「あの、今後はもう、ちゃんとする、から…」
途切れ途切れの湯汲さんの言葉は、胸を締め付けられた。そうやって、諦めてしまわないといけない想いは、本当に苦しいだろうから。
「中河くん、私、早希に怒ったのよ。あまりにも自分勝手な行動に。なんなの、あの態度は、って。三人で言って聞かせた。何がいけなかったか、どうしていけないか。途中で早希もようやく気付いてくれて。早希がした事は本当に悪い事だと本人もちゃんと反省してる。今回のはあまりにも暴走し過ぎだし、今日までの早希の言い分も含めてやり過ぎだと私らは話し合ったの」
木内さんが他の友人たちと頷き合う。側で湯汲さんが申し訳なさそうに何度も何度も頷いていた。
「嫌われてまでする事じゃないし、好きだからっていう気持ちも解るけど、やっぱりそれは他人の気持ちを無視していいものじゃないから」
陽介は黙って聞いていた。私も隣で、言葉に対して頷いて話しを聞く。
「ここからはお願いなんだけど、早希にきちんと正しい告白をさせるから、中河くんには、はっきりとそれを断って欲しい」
陽介と私は驚いてお互いの顔を見た後、木内さんを見る。
「中途半端なままだったんだと思うんだ、早希の中で。今回の流れはちょっと前から聞いてたから、どういう風に二人で話しをして別れたかも聞いた。脚色なく早希が話してくれてたらだけど、早希に有利な話しの流れじゃなかったから、私らが聞いたのは事実だと思う。だから余計に、本当のお別れをさせたい」
私はただただ驚くしか出来なかった。陽介も驚いている様だったけど、やはり別れ話の辺りが気になっていたのかも知れない。隣から感じるのは戸惑いではなかった。
「本来なら、二人だけで話しをする事だと思う。だけど、ここまで拗れてしまったなら、もう第三者が入るしかないだろうと私らは思って。早希の気持ちも解らないでもないけど…去年から中河くんの話しは聞いてたから。だけど、そもそも嘘吐いて近付いた事が間違いだし、本当に好きなら真正面から告白するのが筋だった。中河くんの事情もあったんだろうけど、それなら、受け入れられないのは解ってるから、早希の気持ちをはっきりと言わせて、はっきりと振ってもらった方がいいんじゃないかと思った訳で」
陽介はずっと黙って聞いていた。ふと、陽介が湯汲さんへ視線を移す。すると湯汲さんが身体を跳ねさせた。
「ただ、ひとつ言わせてもらってもいい?」
木内さんが陽介を真っ直ぐと見る。その目は怒りを感じられるような視線だった。
「中河くんの手段もどうかと思うけどね。早希が圧倒的に悪いと思う。迷惑もかけたと思う。だけど、好きな人が居るのにどうして早希と付き合ったの?気付かせる為って、そんなの中河くんがちゃんと告白すれば済む事だったんじゃないの」
正論だと思う。
陽介も流石にこれについては、困り顔だった。
「その点については俺にも問題がある。本当に悪かった。ただ、湯汲さんにそういう感情がないというのが大前提だったから、俺はそれを利用してしまっていた。気持ちを弄んだ訳ではない事は解ってほしい」
木内さんが溜息を吐き、湯汲さんをじろり、と見た。
湯汲さんはただ肩をすくめていた。
「私らには理解できない事だよ。佐伯さんもいいとばっちり。そこのとこ、本当に解っておかないとダメなんじゃないの。あんた達、二人ともどうかしてる。どう言ったってもう仕方ないから、ちゃんと終わらせよ。中河くん、この後、お願いできる?」
呆れた感じで木内さんが言った後、湯汲さんの背中をぽん、と叩く。
湯汲さんもそれで少し前に出てきて、陽介と私を見た。
「解った。これで終わりにしてもらえるなら、そうさせてもらいたい」
そう陽介が言った後、私の方へ向いた。
「和奏、本当にごめん。俺がバカだったから…。これで終わりにするから、少し待ってくれるか」
「…うん」
陽介の苦しそうな顔を見ると、私も苦しくなる。これで収まるなら、湯汲さんの為にも私は構わない。
「佐伯さんも、ごめんね。私らも友人として早希と長いから、気持ちも考えてやりたくて」
木内さんが遠慮がちに私に言う。
「ううん、こうやって助言してくれる友達を持ててる湯汲さんが羨ましいと思うよ」
木内さんや、他の友人たちが湯汲さんを見る。湯汲さんが目尻に涙を溜めていた。
「みんな、色々ごめん、それから、ありがとう…」
湯汲さんがそう言うと、涙が頬を伝ってしまった。
「じゃ、佐伯さんも私らと一緒に教室の外に出てもらってもいい?流石に、告白は二人きりでさせてやりたいから…ごめんね、こんなお願いして。絶対に中河くんに触れないように、早希には離れた所から言わせるから」
木内さんは、湯汲さんを連れて教壇近くまで移動させる。宮本さんと安川さんも後に続く。
「中河くんは、そこ動かなくていいから。……早希、もう絶対、相手を無視した事はしないって誓ったんだから、がんばれ」
「ちゃんと、想いを伝えるんだよ」
「こんな事、あんな騒ぎの後なんだし断られてもいいくらいなんだから、真剣に言う事!」
それぞれが湯汲さんを励ます。それを聞いた湯汲さんの瞳からは涙が溢れていた。
「…うん、ありがと…」
教壇近くの湯汲さんと、教室の一番後ろの私の席に居る陽介を残し、私達は廊下へ出た。
廊下へ出て少しだけドアから離れたところで。
「あっ、佐伯さん…」
「わ、わ…ごめんねぇ…」
「こっちの勝手な提案だったから…」
木内さん、宮本さん、安川さんがそれぞれ私に話しかける。
私の瞳から、涙が溢れていた。
「あ、ち、違うの、これは悲しくて泣いてる訳じゃなくて…湯汲さんの気持ちを考えると…」
だって、好きな人に想われない気持ちは、私も知っている。
陽介と湯汲さんが付き合うと聞いた時。
私の心は、本当に荒れ狂っていたから。
つらくて、寂しくて、悲しくて。
だから、湯汲さんの事を思うと。
「佐伯さんが悪い訳じゃないから…」
「そうだよ」
「人の彼氏を悪く言うのもね、ちょっと難ありだけどさ。今回はあの二人が悪いんだから」
「ほんとだよ、周りを振り回して」
「気持ちは解らない訳じゃないけど!だけど、早希は突っ走り過ぎ。中河くんも、大概突っ走り過ぎ」
「………うん、そうだよねぇ。私、振り回されてるよね……悔しいけど、それでも陽介が好きなの」
「早希に気遣ってくれて、ありがとね。でも、佐伯さんも泣いていいよ。あの二人のせいだよ」
廊下で、こそこそと四人で話しをする。
中でどんな告白が行われているか、私達には解らないけど。
今の湯汲さんは、あの時の様に暴走していないだろうから。
湯汲さんの納得のいく、告白が出来ていますように。
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