告白

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告白

 教室にふたりきりになる。  湯汲さんはトモダチに言われた通り、俺から離れたところの教壇前に立っている。  俺も和奏の席から移動はしていない。    この場は湯汲さんの為の場だから、俺からアクションを取るのは止めておいた。  湯汲さんの方は、身体の前で手を組んだまま、ずっと俯いている。 「あの…」  弱々しく発せられた声は、震えていた。 「うん」  返事をすると、湯汲さんは息をゆっくりと吐きだした。それもまた震えている様に聞こえる。 「……っ」  こんな湯汲さんの姿を見るのは初めてだった。  いつも活発で元気良く発言している姿しか知らない。  最近は少し支離滅裂な感じも受けたが、俺が知っている湯汲さんはそうだったのだ。  それが言葉をすんなり出せない所を見ると、やはり緊張しているのだろう。  認めたくはないが、彼女の俺への気持ちの本気度は流石に解る。 「言えるまで待つから」  そう言うと、湯汲さんは驚いて俺を見る。その瞳はみるみる内に涙で濡れ、更にそれはすぐに溢れた。  こうやって真面目に話すなんて、いつぶりなんだろうか。  彼女に声を掛けるのは酷かとも思ったが、出来るだけならちゃんと聞いてやりたいとも思う。  その想いには決して答えてやれない代わりに。  湯汲さんは、溢れる涙を必死にハンカチで拭き取ると、力いっぱい目を閉じ口も引き結んでいた。 「今、回…は、本当に、ごめん…なさい」 「…さっき謝ってもらったから、もういいよ」  湯汲さんの涙はまた溢れる。それを必死にハンカチで拭う。 「中河くん、…の事、去年の委員会、で、初めて知って」  湯汲さんは途切れ途切れに言葉を紡ぐ。俺はただ、じっと聞いていた。 「明るくて、協力的で、何より皆に優しくて…。私にも、優しかった」 「普通、だろ」  彼女は首を左右に思いきり振る。 「私、見た目が、こんなだから、中河くんの様な、タイプの人には、嫌煙されてて。だけど、中河くんは違って」  湯汲さんは、はぁ、と息を吐く。そして深呼吸をして、俺を真っ直ぐに見た。 「それが本当に嬉しくて。委員会の度に、廊下ですれ違う度に、中河くんの事が気になって」  真っ直ぐ俺を見詰める瞳は、確かに最初に出会った頃の湯汲さんと同じ目をしていた。  本来は、こういう感じだった。  同じクラスになって、隣の席になった辺りから様子が違うと感じる時もあった。 「好きです、中河くん」  何も含みのない、ただ純粋な声、言葉が、湯汲さんから発せられた。  それは初めて聞く彼女の心の声だと思った。 「ありがとう、湯汲さん。でも、ごめん。俺にはずっと好きな人が居るんだ。誰にも代えられない、誰よりも好きで、大事な人なんだ」  湯汲さんの心に届く様に、俺も正直に、これ以上ないくらいに心の内を語った。  彼女の瞳から涙が溢れ、両手で顔を隠す。肩が震え、声を殺して泣いているのは一目瞭然だった。  相手を想う気持ちは、俺にだって解る。俺は少し歪んでしまっていたけど。 「はっきり、言ってくれて、ありがとう。ごめんね、迷惑をたくさん、掛けちゃって…あんなに仲良くしてくれてたのに、中河くん、ちっとも私の事、眼中になくて。…我慢ならなくて、嘘を吐いて、気を引こうとしちゃった。後に引けないくらい、強引にでも、本当は関係を進めたかった…。だけど、中河くんには、佐伯さんが、居たから。ただあまりにも、佐伯さんが思い詰めてたから、私の良心が、一度は止めたの。聞き分けのいい、友達で居なくちゃ、傍にも居られないって。でも…やっぱり、諦められなかった」  時々しゃくり上げ、必死に俺に語る姿は、本当に健気だと思ったけど。でも、それ以上の感情はやはり動かなかった。 「…困らせて、怒らせて、無視されて。つらかった…絶対やってはいけない事をしたと、後悔もしたけど、やっぱり最後の悪あがきみたいに、なっちゃって」 「それで、今日のアレ?」 「ごめん、なさい…どうしても、中河くんに触れたかった、から…。ちゃんと、今は理解してる。これは、佐伯さんを傷付ける事だっていう事は」  いくらか泣き止んだ湯汲さんだったが、それでも顔は俯いていた。 「解ってくれてるなら、もういいよ。今後はもう絶対しないと誓ってほしい。…あとは、酷だけど俺への気持ちも断ち切ってほしい」 「絶対何もしない、約束する。だけど、好きでいちゃ、ダメなの…?」  俺は息を吐いた。やはりこういう話しになるか。 「そりゃ、人の感情を俺がコントロールする訳にもいかないから、強制は出来ないのは解る。だけど、いくら想われても同じ気持ちは決して返せない。この先なんて解らないと言われても、俺が変わらないから。俺の和奏への気持ちは絶対に変わらない。俺の気持ちは和奏へと溢れてるのを、それでも湯汲さんは我慢できる?例え、我慢できたとして、何の進展のない関係に満足できる?もう一度言うよ、俺の心は決して変わらないから」  はっきりと強めの口調でそう言うと、湯汲さんが驚いた顔をした後、ふ、と笑った。 「中河くんは、ブレないね…。絶対、変わらないの?」 「悪いが変わらない。変わるなら、この何年かの間に変わってる」  はぁ、と湯汲さんから溜息が漏れる。 「そうだよね…。中河くんはいつだってそうだった。ふとした時に佐伯さんを見詰めてる顔、本当に幸せそうだったもん…」 「悪いが、そういう事だ。俺はもう和奏しか考えられない。和奏が嫌がって離れて行こうとしても、俺が離してやれないから」  湯汲さんの涙は、もう流れていなかった。落ち着いている様にも見える。 「ありがとう、中河くん、きちんと振ってくれて。佐伯さんへの想いを教えてくれて」 「こちらこそ、ごめん」  俺がそう言うと、湯汲さんはゆっくりと首を横に振った。 「じゃあ、大事な時間を私の為にありがとう。これで…、これで本当に終わるから」  湯汲さんは俺の方を、じっと見詰める。  俺も湯汲さんを見る。 「また明日。明日からちゃんとするから」 「あぁ」 「ばいばい」 「あぁ」  そう言って湯汲さんが教室の前のドアから出て行く。それに気付いた彼女の友人達が追いかけて行った。  俺は後ろのドアから廊下へ出ると、そこに和奏が立っていた。  和奏は今にも泣きそうな顔をしていた。  その顔があまりにも可愛くて、彼女の腕を引いて抱き締めた。 「ただいま、和奏」  和奏はゆっくりと腕を上げ、俺の制服のシャツにしがみついた。 「…おかえり、陽介」  涙が出ているのか、和奏はぐずぐずと鼻を鳴らしていた。 「帰ろ、和奏」 「……うん、陽介と帰る」  そうして、俺は和奏の手を引き、家へと帰った。  和奏は俺の手をぎゅうぎゅうと握り、家へ着くまで絶対に離さなかった。  こんな和奏は初めてだった。 「和奏、お前は可愛いな」  いつもなら、そう言うと和奏は頬を膨らますが、今日は違った。 「…陽介、私、頑張るから、絶対離さないで」  和奏が瞳を潤ませながら言う。 「離す訳ないだろ」  安心したのか、和奏が柔らかく甘く俺に微笑んだ。
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