新しい日々、憂鬱な日々

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新しい日々、憂鬱な日々

「わーかーなー!遅刻するよー!」  下の階から、お母さんが声を掛けてくれる。  あまりよく眠れなくて、結構早くから目が覚めてた。だからといって、キッチンに行くとお母さんがお弁当や朝ご飯の用意をしているから、部屋から出て行く事は出来なかった。  なので、支度だけは万全で、顔を洗って髪整えてからキッチンに入る。 「あら、どうしたの…なんかいつもと違うけど」 「なんでもないよー。ちょっと寝不足なだけ」 「そう?じゃ、ご飯食べちゃって。陽介くん迎えに来ちゃうわよ」  その言葉で。  身体が冷えて固まっていくのを感じた。 「和奏?なーに、もしかして陽介くんとケンカでもしたの?」 「…ううん、してない。してないし、今日から迎えは来ないよ」 「えっ?なんで」 「カノジョが出来たから」  私の言葉を聞いて、お母さんが黙る。表情は少し困り顔。 「…そうなの」 「そういう事」  お母さんは私の気持ちに気付いてるからか、それ以上は何も言わなかった。  言わなかったけど、気を遣ってくれてるのは解って何だか申し訳ない。 「さ、用意出来たなら、和奏、今日はお母さんと駅まで行こうよ」  お母さんも仕事に行く準備を終わらせて、玄関で待っててくれた。 「お父さんは?」 「今日は別〜」 「ケンカ?」 「してないよ!」  仲良しな両親は、いつも一緒に仕事に行ってるのに。きっと私のせいなんだろな。  玄関を開け、つい癖で陽介がいつも立って待っててくれる所に視線を動かしてしまった。  …居ない。そりゃそうだ。  昨日断ったのは私。  お母さんも、そこを見て複雑な顔してる。すぐに私に視線を戻し、行くよ、と声掛けてくれた。  一緒に駅まで歩いて、改札を通る手前でお母さんと別れるから手を振ろうとしたその時。  私とお母さんの視線の先に、陽介と彼女の姿が目に入った。  二人同時に身体が固まり、動きが止まる。  お母さんの方を見ると、お母さんもそれに気付いて私を見る。  複雑で悲しい顔。  きっと私も同じ様な顔してる。  すぐに視線を戻し歩こうとした時に、陽介もこちらに気付いたようだった。 「和奏!和奏のお母さんも」  手を振り近付く陽介に、心を平静にして受け答える。 「陽介、おはよ」 「おはよう、陽介くん」 「おはようございます」  笑顔で駆け寄ってきてくれて、こんな状態じゃなければ、それだけで幸せになれる瞬間なんだろうけど。  今日は違う。  隣に陽介の彼女が居る。 「あら、こちらは?」  お母さんは知ってるのに敢えて聞いた。 「あ、俺の彼女で湯汲さんと言って」 「彼女」  少しだけ、お母さんの雰囲気が変わった。  陽介も気付いたと思う。顔が強張ってる。 「あ、はい」 「そうなの、仲良くね。あ、私こっちだから。和奏、帰りも待ち合わせる?」 「ううん、帰りは大丈夫、一人で帰れるよ。小さい子じゃないんだから」 「このくらいの年の子が一番気を付けなきゃならないのよ。彼女さんは陽介くんが居るから大丈夫だけど、和奏は一人なのよ。昨日までは陽介くんと一緒だったから良かったものの」  お母さんの視線がちらりと陽介を見た後、すぐに私に視線を戻す。 「解ってるって、ちゃんと明るいうちに帰るから」 「しばらくはそうして」  お母さんの言いたい事はなんとなく伝わってきた。  今までは暗くなっても陽介と一緒だったから、親としても不安はなかったのだろう。 「じゃあね」  そう言って手を振って別れた。  残された、この面子で息苦しい事この上ないのだけど。 「じゃあ、私はこれで」  同じ方向、学校まで同じ道程だが到底一緒になんか居られない。 「え、一緒に行こう」 「行かないし。ほら湯汲さんもいい気しないって昨日言ったじゃない」  湯汲さんを見ると、やっぱりいい気はしてないって顔してる。そりゃそうよ、私だってそうなる。 「お先に」  昨日からずっと、私の表情から笑顔は消えている。  今まで陽介と一緒に居て、笑顔じゃない日なんてきっとなかった。  ケンカした日だって、嵐の日だって、なんか今日ツイてないねって言う日だって、最後にはちゃんと笑顔だった。笑い合えてた。  そんな日は、もう来ない。  いつだって、陽介の側にいる事が当たり前で幸せだったから笑顔でいられてた。  ズンズンと速足で改札抜けてホームまでの階段登って。  涙がじわりじわりと、瞳を濡らして。  ぐっと、唇を引き結んで。  涙を堪えた。溢れる想いを、思い出を抑え付けた。  ねぇ、陽介。  私はいつか笑えると思う?  貴方が側に居なくて笑える日が来るとは思えない。  あぁ、なんで私はこんなにもバカなんだろう。      そうして憂鬱な日々が始まった。
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