新しい日々、憂鬱な日々

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 学校が終わり、帰宅しようとしていた時にふと思う。  お母さんには明るいうちに帰れって言われたけど、家の最寄り駅にはコーヒーショップなど学校帰りのカップルのほとんどが寄ると思われる所が割とあって。 今から帰ると、その駅の周りでデートする二人と遭遇する確率が高い。  そんなとこに出会そうものなら一瞬で凍り付く自信がある。  ふぅ、とため息を吐いて、下駄箱まで降りたのを校内へ逆戻りさせる。図書室で時間を潰して帰る事にした。  由羅が居れば付き合ってもらえたのだが、生憎とバイトが入ったらしく。仕方なく一人で時間を潰した。  流石に校内も下校時刻になり、帰宅する為に電車に乗り最寄り駅に着いた。駅前で二人に合わなかったからホッと胸を撫で降ろし家までの道程を歩く。  角を曲がり、すぐそこが家というとこで、隣の家、つまりは陽介の家のドアがガチャリと音を立てて開いた。 「ごめんね、貸してもらって」 「いいよいいよ、返すのは急がなくていいから」  そこから出てきたのは、陽介と湯汲さん。  身体が凍りつき動かなかった。  え、今日、陽介の家に来てたの?  なに、してたの?  ざわりと背中が蠢く。痛いほどに心臓が動く。指先が冷たい。  立ちすくんでいると、陽介に気付かれてしまった。  湯汲さんを送る為か、陽介は家に鍵を掛け二人でこちらに歩いてくる。  私は血の気が引いて身体がどんどん冷えていた。  真夏だというのに。 「今帰りなのか?」 「……うん、遊びに来てたんだね」  ちらりと湯汲さんに視線を移す。すると、湯汲さんが自分のトートバッグから本を取り出してくれた。 「この本を貸して貰ったの」  心臓がドクン、と嫌な音を立てた。 「この作家さんが好き、って話になったら持ってる、って言うから。私まだファンになって日が浅いから全部持ってなくて」  ……知ってるよ、陽介の唯一好きな 作家さん。 「ファンならさ、読むべきだと思ってさ」  震える手を無理やり、もう片方の手で抑えて。  だって、それ、私が陽介の誕生日にプレゼントした本だし。  自分の感情を意識して始めてプレゼントした本。  気付いてくれるといいな、とは思ったけど、特に何もなく普通の反応でガッカリした記憶がある。  大事にはしてくれてるのだろうけど、簡単に貸せちゃうんだ、と、思い始めたら。  悲しかった。   どこまで私を付き落とせばいいの?  もう私に残っている気力なんてそんなにないのに。  ただでさえ、削ぎ落とされてしまって残されてないのに。  わずかな、ささやかな思い出さえも捨てられる。  私という存在は、陽介にとって本当に小さくてどうでもいいんだな、と思ってしまう。  どちらにしても、所有者は陽介なんだからどう扱おうが構わないだけで。  私が勝手に悲しくなってるだけ。  震える吐息を、小さく細く吐いて。 「そうだよね、ファンなら読んでおくべきだよ!面白かったし」 「あれ、佐伯さんも読んだの?中河くんに借りて?」 「違うよ、私も持ってるから」  なんとも言えない表情で湯汲さんに返す。  もうどうでもいい。  どうせ何とも思われてない。  陽介にも視線を向けると、目を見開いて驚いた顔してる。  まさかと思うけど、私が贈ったの忘れてたんだろうか。  それならば、尚苦しくて。  私は一体何をしてたんだろう。 「湯汲さん送るんでしょ、じゃあね〜」  無理やり手を振って、足速にその場から離れて自宅のドアを鍵で開けて入る。  すぐ後ろ手に鍵を締め、そのままズルズルとドアに沿って座り込んだ。  陽介、私はそんなに異性として価値はなかった?  高校の進路を決める時に陽介は私に、自分に見合う学校に行け、と言った。  あれは遠回しに私を避ける為だったのだろうか。  だとしたら、あれより以前から疎まれてたって事?  変わらず優しく接してくれてたから、側に居られるって勘違いしてただけか。  あぁ、もう何年も前にやらかしてたのか…。  勘違いに拍車を掛けてたから、余計に気付けなかったのだろうか。  やらかしてしまってた。    そうか、やっぱり私はすでに、単なる幼馴染でしかなかったのだ。
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